「ウィッシュ」絵空事でない願いの民主化 ディズニー100年の結論

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社会学者・中村香住=寄稿
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社会学者・中村香住さん寄稿

 映画「ウィッシュ」は、ウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を記念して制作された長編アニメーション作品である。

 ディズニー社は様々な媒体によるストーリーテリングを主な事業内容とする企業だが、その中で、“Wish”(願い)はしばしば重要な要素として持ち出されてきた。本作は、この「願い」という巨大なテーマに、100年経った今、ディズニーがようやく真正面から向き合った作品であるといえるだろう。

 ディズニーと「願い」といえば、「ピノキオ」(1940年)に登場する楽曲「When You Wish Upon a Star」(邦題:星に願いを)が一番有名かもしれない。またディズニー映画、特にプリンセス作品においては、「I wantソング」、つまり主人公の欲することを歌う楽曲が作品の冒頭部分で登場することが多い。特に初期の作品におけるこうした楽曲群には“Wish”という言葉が頻出する。例として、「白雪姫」(1937年)における「I’m Wishing」(邦題:私の願い)、「シンデレラ」(1950年)における「A Dream Is a Wish Your Heart Makes」(邦題:夢はひそかに)などが挙げられる。

 このように、ディズニーは「願いの力」を常に伝えてきたわけだが、筆者は特に日本でのディズニー受容における「願い」や「夢」の捉えられ方について、長年違和感を抱いてきた。例えば、俗に「夢の国」という言葉で東京ディズニーランドのことを指す言い方は近年一般化しつつある。東京ディズニーランドを形容する公式のフレーズは「夢と魔法の王国」であるが、「夢の国」となるとまたイメージが変わってくるように思う。あたかも「現実世界の嫌なことは全部忘れて逃避する」ための場所かのように捉えられている様子も見ることがある。しかし、ディズニーの言う「夢」は、必ずしも現実から離れた絵空事という意味ではない。

 ディズニー社の創立者であるウォルト・ディズニーは、死後、Dreamer(夢を見る力がある人)やVisionary(未来に関する明確なビジョンを持った人)とたたえられるようになるが、ウォルトは当然「夢見て願って、自分では何もしなかった」わけではない。ウォルトらがニューヨーク万博のために制作し、現在ではウォルト・ディズニー・ワールドのマジックキングダムにアトラクションとして設置されている「カルーセル・オブ・プログレス」のテーマ曲「There’s a Great Big Beautiful Tomorrow」は、ディズニー映画やパークの楽曲を多数手がけたことで知られるシャーマン兄弟が制作したものだ。そこでは、“Man has a dream and that’s the start / He follows his dream with mind and heart / And when it becomes a reality / It’s a dream come true for you and me”(人が夢を持つ、それが始まり/彼はその夢を心の底から追いかける/そしてそれが現実になる時には/私とあなたにとって夢がかなう)と歌われている。ここからもわかるように、ディズニーが言う「夢は必ずかなう」は、人は夢を持つことで具体的なビジョンを描く力を得るのであり、ビジョンを徐々に明確化し、情熱を持って追いかければ、いつか必ずその夢は具現化されるということだろう。「自分では何もせず、ただひたすら空想していれば、いつか勝手に誰かが夢をかなえてくれる」という他力本願な言葉ではない。

 「ウィッシュ」での「願い」の描かれ方は、このような誤解に向き合い、その誤解を解くものであったように思う。

寄稿では、論じる上で必要な範囲で作品の結末に触れています

 舞台であるロサス王国では、18歳になると市民たちがマグニフィコ王に願いを捧げる。願いを捧げると、その人は自分の願いを忘れ、気持ちが楽になると言われている。王は人々の願いを自身の城の中で守り(もとい「管理」し)、儀式が行われる際にその願いの中から一つを魔法でかなえる。これは「願いを(超次元的な何かに)託して、自身では忘れる」という意味で、他力本願型の願い方に近い。

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 しかし、本作では最終的に…

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