冬の大地震、津波でぬれると命取り 過酷な寒さ、低体温症を防ぐには
冬の厳しい寒さの中で災害に遭うと、温暖な時期と比べて状況はより過酷となる。地震などの直接の被害を受けなくても、零下の寒さで体温が低くなり死亡する――。そんなリスクのある「低体温症要対処者数」は、内閣府の試算では日本海溝地震で最大4万2千人、千島海溝地震で最大2万2千人に上る。災害時の寒さへの備えをどうしたら良いのか探った。
冷却はぬれると4~5倍速く進む
低体温症は、寒さで体の中心部の体温が35度以下になる状態。プールなどで寒くて歯がカチカチするのは、軽い低体温症だ。中等症以上になると意識が遠のき、重症で心肺停止の恐れもある。基礎代謝が低い乳幼児や高齢者は熱を奪われやすい。
特に危険なのは、ぬれること。北海道や東北の海面水温は冬、15度を下回る。体や衣服がぬれると、乾いた状態より4~5倍速く冷却が進む。15度以下の水につかると数時間で死亡するとの研究データもある。東日本大震災で津波による溺死(できし)とされた人の中にも、低体温症の人がいたと指摘されている。
日本海溝地震と千島海溝地震に関して内閣府が発表した低体温症要対処者の数字は、津波に襲われ、屋外に逃げた人を対象とする。「停電した地域は含まれていない」(内閣府の担当者)ため、大規模な停電が起これば、人数はさらに増える。
2018年9月の北海道胆振東部地震では、道内ほぼ全域で最長2日間にわたって停電する「ブラックアウト」が起きた。同様の停電が冬に起これば、屋内でも暖房なしで寒さをしのぐ必要がある。
「私たちは近年、停電を伴う真冬の地震の経験がない。寒冷期の災害で何が起きるのか、考えておかないといけない」と日本赤十字北海道看護大の根本昌宏教授は警鐘を鳴らす。
積雪も大きな障害になる。豪雪地帯の新潟県は昨年、冬季の地震被害想定を初めてまとめた。
積雪の重みが屋根にかかり建物被害が拡大▽灯油を蓄える住宅が多いため火災が拡大▽停電やガスの供給停止により、暖を求めて避難所に人が殺到▽倒壊家屋からの救出が遅れ、凍死者が発生――。
想定に関わった新潟大災害・復興科学研究所の河島克久教授(雪氷防災学)は「ここ数十年ほど大雪のさなかの地震はほとんどない。だが最悪の場面を考え、身の回りのリスクを考えておく必要がある」と指摘する。
すばやく身支度、すぐ逃げる
冬の夜、津波から逃れるのは時間との勝負だ。揺れは5分続くこともある。揺れが収まり、寝間着から防寒着、マフラー、手袋、靴を身につけてすぐに逃げ始めなければいけない。
すぐ手にとれる場所に防寒着などを置いておき、食料や薬、ラジオなどをリュックに入れておく。逃げ道がふさがらないよう、転倒しやすい家具を固定しておくことも必要だ。
身支度をして5分以内に家から出られるか――。北海道白糠(しらぬか)町は昨年度、独自の訓練を3回行った。沿岸にくらす町民を対象に、サイレンが鳴ったら身支度して家の外に出る。避難所には行かず、そこで訓練終了だ。
道の想定では、巨大地震で町は最大16・5メートルの津波にのまれ、人口の7割の5千人が逃げ遅れる恐れがある。同町の菊原秀雄・地域防災課長は「特に冬は防寒着を着るため避難開始に時間がかかる。とにかく早く家の外に出る意識付けが狙い」と話す。
移動も寒冷期は時間がかかる。避難速度は、東日本大震災の日中の徒歩避難と比べると、積雪時に2割低下、凍結時に3割低下、豪雪時だと5割低下する。足元が見えにくい夜はさらに遅くなる。
車の避難を想定する地域もあるが、道路の陥没や斜面の崩壊で走行できない恐れがある。豪雪地帯では、雪崩や屋根からの落雪や、除雪で道路脇に積み上げられた雪の壁の崩壊により、車の立ち往生も懸念される。
新潟大の河島さんは「避難訓練は雪のない好条件で行われることが多いが、実際は雪で邪魔され、何をするにも時間がかかる」と言う。
合言葉は「TKB+W」
避難所の対策も重要だ。宿泊施設ではない体育館や公民館で続く避難生活に寒さが加わる。給水車の凍結や、物流が滞り、医療品不足の懸念もある。
寒さや生活環境の悪化で、風邪やインフルエンザなどの感染症のリスクも高まる。寒い屋外トイレに行くのをためらい、水分を取らずにエコノミークラス症候群や脱水症になったり、ストレスなどで心不全などの疾患も多発したりする。
これらを防ぐための合言葉が「TKB+W」。避難所の環境改善に必要なトイレ、キッチン(食事)、ベッド、ウォーム(暖房)の頭文字からなる。
冬の体育館の床は0度近くまで下がる。段ボールベッドなら床面の温度より10~15度高く維持できるため、寒さが体に伝わりにくい。日本赤十字北海道看護大の根本さんは「家族単位の『住所』ができるため、保健師の巡回もスムーズになる。体も動かしやすく、健康に過ごす最低限の生活の場が作れる」と勧める。
根本さんたちは、行政や医療の担当者らを対象に、真冬の体育館で一泊する訓練を続けている。外は零下で室内は0度。停電、断水の想定で、TKB+Wの避難所を設置し、課題を抽出する。
こうした訓練は珍しい。「『こんなにも寒いのか』と担当者は実感する。準備した物が避難所で本当に使えるのか、実際にやらないと気づけないことが多い」と根本さんは指摘する。
「北海道や東北だけの問題ではない」 根本教授が語る注意点
真冬の夜、暖かい部屋から零下の高台へ5~10分以内に逃げられますか? 津波が迫る中、ゆっくり防寒着を着ている余裕はありません。寒冷期の海水はとても冷たく、かぶれば急速に体温が奪われます。海岸近くの方は指示を待たずに反射的に逃げる。「冷たい津波にぬれずに避難」が第一です。
避難先ではさらなる寒さ対策が必要です。万が一、服がぬれてしまったら脱いで、乾いた衣服に着替える。避難所の床は冷たくて足が凍えるため、上履きは必須です。停電により暖房が使えない恐れもあります。
低体温症を防ぐポイントは「遮蔽(しゃへい)する」「保温する」「加温する」「食べる」の四つ。外気にさらされない建物に入り、防寒着やマフラーなどで保温し、湯たんぽなどで体を温め、食べて体温を維持しましょう。
避難所で重要なのはトイレ。屋外トイレは零下の寒さでヒートショックが危惧され、トイレ控えによるエコノミークラス症候群も心配。高齢者にも一苦労です。室内トイレに袋をかぶせる「携帯トイレ」は断水していても使えて便利です。「トイレに始まりトイレに終わる」と言われる避難所。長い避難生活で、健康維持に欠かせません。
寒冷期の避難は、北海道や東北だけの問題ではありません。南海トラフ地震や首都直下地震の想定地域でも冬の海水温度は15度以下で、海水浴ができる温度ではない。現在、これらの地震で低体温症についての想定はされていませんが、そのリスクを自覚しておく必要があります。最低気温が10度を下回る地域なら、停電すれば冷え、避難所で毛布一枚で眠るのも厳しくなります。
寒冷期の災害は起こってほしくない。寒さが本格化する中、専門家である私も心配な季節となります。みなさんも朝や晩、夜中に地震が起きた時のことを想像し、準備をして下さい。試したことがないことは本番ではできない。パニックにならないように避難の「練習」が必要です。
実際に警報がでたら逃げてください。津波が来なくても、その行動を続けていれば、万が一の時もパニックにならずに逃げられます…
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