AIが奪うのは「人間ならではの仕事」 大澤真幸さんが説く国際管理
私たちの労働や社会のあり方は、AI(人工知能)によってどう変わるのだろう。ChatGPT(チャットGPT)のような生成AIの登場で、世界は巨大な疑問符を抱えている。日本は乗り遅れまいと活用に前向きだが、落とし穴はないのか。AIについて思索を深めてきた社会学者の大澤真幸さんに聞く。
人間とはまったく違うのに成り立つコミュニケーション
――生成AIの登場により、AIは人間に限りなく近づいていくのでしょうか。
「それはどうでしょうか。以前からAIは『フレーム問題』という難題を抱えていると言われてきました。例えば、こうやって話をしていても、私たちは膨大な記憶から、今の話題に無用なことを自然に省いている。話している内容のフレーム、枠組みを理解しているからです。一方でAIは、すべての事項をチェックし尽くさないと判断ができません」
「生成AIは、パレスチナ問題についても、またはコーヒーの上手な入れ方でも、臨機応変に素早く答えを返してくる。フレーム問題を解決しているかのように見えますが、そうではありません。1980年代の第2次AIブームでフレーム問題を乗り越えられなかったのは、計算速度が追いつかなかったからです。処理速度が飛躍的に高まった今では、フレームを理解できずとも、ネット上の膨大な情報から素早く必要なことを検索できる。単純にハードウェアの性能が上がっただけなのです」
――つまり、情報処理の仕方が人間とはまったく違う、と。
「ええ。それに加えて『記号接地(シンボルグラウンディング)問題』があります。人間は記号、つまり言葉を身体的な感覚によって実世界と結びつけて理解する。しかし、身体を持たないAIは、こうした外部との接地がない。チャットGPTのような大規模言語モデルは『その単語が世界の何に対応しているのか』を理解しているのではなく、次の単語を確率的に計算しているだけです。それでもコミュニケーションが成り立つのは驚きですが、私たちの理解の仕方とはまるで違います」
「腹の底から納得する」ことができる人間
――人の理解とは何なのか、という疑問が浮かびます。
「私たちには、ああ、そうなんだ、と思う瞬間があります。ピンとくるとか、腹に落ちるといった感覚です。昔、評論家の故・吉本隆明さんが海で遭難しかけた後、『老いるとはどんなことか、初めて分かりました』と語っていたのをおぼえています。老化で体力が衰えるということは誰でも頭で知っているわけですが、吉本さんは腹の底から納得する感覚を抱いたのでしょう。生成AIを利用しても、この理解の仕方はできません」
――人は身体を通じて理解するということですか。分かるような、分からないような。
「言い換えれば、世界を外側から見るか、内側から経験するか、という違いです。世界を外から眺めていたとしたら、いろんなことが起きているけど自分には関係ない、と思うでしょう。それに対して、現に中にいる私たちは、広い意味で世界とインタラクション、相互作用をしている。この世界に責任を持って関与しているのです」
――では、AIは人の代わりには決してなれない、と考えていいのでしょうか。
「そこが難しいところです。これまで、AIが進化しても、人間にしかできない仕事が残されるだろうと言われてきました。創造性が必要な仕事、社交性が求められるやりとり、マニュアル化できない例外的な出来事への対処などです。実は、そんな『人間に残される』とされてきた仕事こそ、生成AIは得意としているのです」
生成AIの普及で、人の仕事がつまらなくなる?
――どういうことですか?
「私たちが創造性が高いと考…