日本にも「ニュース砂漠」は生じるか 愛媛の港町で民放が打った奇策

有料記事多事奏論

論説委員・田玉恵美

記者コラム「多事奏論」 論説委員・田玉恵美

 港を見下ろす山の斜面に、特産のみかん畑が広がる。愛媛県八幡浜市には、松山空港から車を運転して1時間半ほどで着いた。地元テレビの記者・中岡照夫さん(58)に会う。

 「朝の火事で現場へ行ってきたところなんです。着いたらボヤで、もう消えてたんですけどね」

 中岡さんはこの街を拠点にして八幡浜市、大洲市、西予市、内子町、伊方町の5市町を担当している。人口はあわせて約13万人。伊方原発も管内に抱える。

 取材するのは、交通事故や自然災害、役所や議会の動向、市場の競り、学校の始業式など、ありとあらゆる街の話題だ。東京都の7割ほどの広さがある地域を愛車のトヨタ・パッソで駆け回る。

 私が訪ねたこの日は、県などが河原でドローンを飛ばし、災害時に上空から被害を把握できないか実験する様子を3時間ほど取材した。NHKの取材班は、記者のほかカメラマンや撮影アシスタントの複数で現場に来ていたが、中岡さんはひとりだ。

 カメラと三脚を移動させながらドローンそのものをアップで撮ったり、空を舞う様子を撮ったり。その合間に県の担当者にカメラを向けてインタビューし、それが終わるとカメラを置いてさらに詳しく話を聞き、メモをとる。ドローンからどんな映像が送られてきたのかもチェックする。局舎に戻るとパソコンを開いて原稿を書き、映像を確認した。

 ここで以前なら、できあがった原稿と映像は自分が所属するテレビ愛媛の本社(松山市)に送っていた。

 だが今は、ライバルだった県内の他の民放3局(南海放送、愛媛朝日テレビ、あいテレビ)の本社にも一斉に届ける。

 2年前、テレビ愛媛の八幡浜支局が民放4局による「八幡浜共同支局」にくら替えしたためだ。

 愛媛県の民放はどの局も長らく、それぞれがこの街に支局を構えて記者を置いていた。だが共同支局ができたのを機に、この街に駐在していた他局の記者3人は局舎を引き払って本社などに異動した。今は中岡さんだけがここに残り、各社を代表して取材している。全国でも初めてとみられる新しい試みだ。

 もしこの街で全国ニュースになるような出来事があれば、フジテレビ系のテレビ愛媛の中岡さんが撮った映像が、テレビ朝日系の「報道ステーション」でも、TBS系の「news23」でも、同じように使われる可能性がある。

 四国の西の玄関口として栄えた八幡浜にはかつて、たくさんの報道機関が記者を置いていた。

 15年前には民放4局のほかに少なくとも8社(愛媛新聞、NHK、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、八幡浜新聞、八幡浜民報、南海日日新聞)の拠点があった。

 松山市に本社がある愛媛新聞のほか、三つもの地域紙が共存していたのがこの街の特徴だ。その昔は「伊予の大阪」と呼ばれるほど商業がさかんだった八幡浜は、スポンサーにも恵まれ、伊方原発の反対運動が激しかったことなどもあり、ジャーナリズムが元気な地域だった。

 だが、その三つの地域紙も発行人の高齢化などによって2019年までに終刊や休刊に。朝日新聞と毎日新聞も支局を閉じたため、近年は民放テレビ4局をのぞくと愛媛新聞、NHK、読売新聞の3社だけになった。

 民放地方局の未来も決してバ…

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