安倍元首相銃撃1年 御厨貴さん語る 「分断」が招いた壊れゆく政治
安倍晋三元首相が銃撃された事件から8日で1年。自民党の最大派閥を率いる政治家が突然の暴力によって命を絶たれた後、日本の政治はどう動いてきたのか。安倍元首相の不在がもたらしたものとは何なのか。政治家らの口述記録を歴史研究に生かす「オーラルヒストリー」の第一人者で、政治学者の御厨貴さんに聞いた。
激動なく、奇妙に「行政化」した政治
――安倍元首相が暴力によって命を絶たれて1年になります。
「あの瞬間、日本の政治が大きく変わる激動の1年を迎えるのではないかと予測しました。しかし、そうはなりませんでした。自民党最大派閥のトップでもあった政治家が突然亡くなったのですから、ある意味、首相を含めてどの政治家がいなくなるよりも衝撃が大きく、権力の中枢に穴が開いたようなものです。日本の政治が混沌(こんとん)とするんじゃないかと当初は思いました」
「しかし、自民党の安倍派の後継争いが激化して分裂したり、政治権力をめぐる激しい闘争が起こったりすることもありませんでした。確かに安倍氏という存在はいなくなったけれど、そのまま政治は凍結されているようです。岸田文雄首相のもとで政治が奇妙に『行政化』され、躍動感が失われた結果だといえるでしょう」
――政治の「行政化」ですか?
「良きにつけ、あしきにつけ、安倍氏の政治は、彼なりのイデオロギーや思い入れに深く彩られていました。その根っこにあったのは、戦後体制を否定することでした。首相退任後も政治に影響力を保っていました。それに対して岸田氏は状況追従型でやらなければならないことをただ進めているようです。そこには情熱も深い思い入れも見えません。これは理想を掲げる本来の意味での政治ではなく、行政のやり方です。岸田氏自身がどこまで意識しているのかは分かりませんが、政治的な動機をむき出しにせず、まるで大きな政治課題ではなく小さなことをやっているような形で、あまり力を込めずに説明を繰り返します。安倍氏も菅義偉前首相も、思いがあるだけに、つい力を込めて言い募ってしまうんですが、岸田首相にはそれがありません。淡々と説明して打ち切りますね。秀才タイプなのかもしれません」
――岸田首相は官僚との関係が良好とされる派閥「宏池会」の会長職に首相就任後もとどまっています。
「いま派閥の会長ということを彼以上に意識し、誇りに思っている政治家はいないでしょう。保守本流の宏池会からの5人目の首相ということがとても大切なことなんでしょう。岸田氏の発言のそこかしこにそれがあらわれます」
「以前、宏池会はリベラル左派で平和を重視していたはずなのに変わったのではないかと岸田氏に聞いたことがありますが、平和主義の理念は変わらないが状況が変わったのだという答えでした。転向したのではなく、状況が変わったんだから、と自ら納得しているのでしょう。ハト派のはずが戦後日本でかつてなかった防衛費の大増額を進め、野党もメディアもそんな岸田氏をあぜんとして見つめ、追い詰めることができませんでした」
――会長だった安倍元首相を失った安倍派はどうですか。
安倍氏を失った「最大派閥」のいま
インタビューの後半では、安倍氏が進めてきた分断の政治がもたらしたものや、「安倍晋三 回顧録」への厳しい評価について語っています。
「安倍氏の生前から指摘して…
安倍晋三元首相銃撃事件
2022年7月8日、奈良市で選挙演説中の安倍晋三元首相が銃撃され、死亡しました。殺人などの罪で起訴された山上徹也被告の裁判は、証拠や争点などを絞り込む手続きが進められていますが、初公判などの日程は決まっていません。関連ニュースをまとめてお伝えします。[もっと見る]