産総研事件は「氷山の一角」 外国人不可欠の研究現場、悩む情報管理

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吉沢英将 桜井林太郎
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 研究機関「産業技術総合研究所」(産総研茨城県つくば市など)の中国籍の研究者が、研究データを中国企業に流出させたとして警視庁公安部に逮捕された。研究者は否認したというが、外国人の存在が欠かせなくなった日本の研究現場に衝撃が広がる。情報流出のリスクにどう向き合うか。

 「権恒道(チュエンホンダオ)博士は(中国の)習近平国家主席をはじめとする党と国家の指導者に迎えられました」

 2018年1月に投稿されたある華僑団体のホームページ。産総研の主任研究員、権恒道容疑者(59)=不正競争防止法違反容疑で逮捕=が、習氏と握手を交わす写真が掲載されている。

 写真は中国の「全国科技大会」で表彰を受けた際のもの。権容疑者の研究はオゾン層の保護や温室効果ガスの低減といった分野で、「中国の国際条約への約束の履行に大きく貢献した」と評されている。

 この大会での同じ業績をウェブサイトで紹介する中国企業がある。捜査関係者によると、権容疑者が産総研の営業秘密にあたる研究データを、メールで送ったとされる化学メーカーだという。

 公安部によると、権容疑者の逮捕容疑は18年4月13日午後、このメーカーが使うメールアドレスに、フッ素化合物の合成技術情報が記された研究データを送信したというもの。捜査関係者によると、逮捕時には「営業秘密にあたるものではない」と否認したという。

 メール送信の約1週間後、この化学メーカーは中国で特許を申請。内容は権容疑者がメールで送った研究データと似ており、20年6月に特許を取得したという。権容疑者がメールを送った意図は不明だ。

 そもそも権容疑者は何者なのか。

 権容疑者は02年4月から産総研で勤務。捜査関係者などによると、06年12月に中国軍と関係が深いとされる「国防7校」の一つ、北京理工大から教授に任命された。中国政府が海外の優秀な人材を自国に呼び込む「千人計画」にも参加していたとみられるという。

 権容疑者と同じテーマを研究する大学教授は、10年ほど前に学会で権容疑者とやり取りを交わしたことがあるという。「優秀だが、フッ素化合物の分野を引っ張るほどの存在ではない」と評した上で、「中国は環境問題で世界から批判を受けている。権容疑者の研究内容は、中国にとっても求めているものだろう」と話す。

 捜査幹部は事件について、「日本の公金を用いて生み出された研究成果が海外で特許を取得され、国益が損なわれた」と評し、「似たような事案の情報は他にもある。事件は氷山の一角にすぎない」と話す。

 権容疑者がメールを送ったとされる中国の化学メーカーの「日本唯一の代理店」をうたう化学製品の販売会社が、茨城県つくば市にある。捜査関係者によると、代表は権容疑者の妻だ。6月下旬に会社を訪れると、社員らは取材に「対応できない」と述べた。

政府、警察も経済安保対策に注力

 近年、先端技術の機密情報が海外に流出するケースが相次ぐ。

 警視庁は20年1月、ソフトバンクの電話基地局の情報を不正に入手したとして、元社員を不正競争防止法違反容疑で逮捕。在日ロシア通商代表部の元代表代理も情報取得をそそのかしたとして同年5月に書類送検したが、すでに出国していた。

 20年10月には、スマートフォンの液晶技術の情報を中国企業にメールで漏らしたとして、大阪府警積水化学工業の元社員を書類送検した。元社員が使っていたビジネス用SNSに、中国企業側は接触してきたという。

 警察当局は情報流出を防ぐた…

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    安田峰俊
    (ルポライター)
    2023年7月4日11時39分 投稿
    【解説】

    スパイというと、一般的な日本人の認識では、映画の007や漫画『SPY×FAMILY』の描写のようなものがイメージされがちです。 すなわち、ある敵国において徹底的なスパイ教育を受けた専門のスパイなるものが存在し、このスパイは複数の言語や

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