熊本・立野ダム完成へ着々 現場指揮官は「高名の木登り」の心得

城戸康秀
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 国土交通省熊本県白川上流で建設中の立野ダム(大津町南阿蘇村)は本体のコンクリート流し込みが終わり、ほぼ完成した。難工事で苦労と喜びを分かちあった多くの作業員は次の現場に散った。ただ、今後も最上部の「天端(てんば)」に車で往来できる橋をかけるなどの仕上げ工事が残る。現場の指揮官は「最後まで気を抜くわけにはいきません」と気を引き締める。

 21日にあったコンクリート打設完了式では、立野峡谷に渡されたケーブルを伝って、バケットと呼ばれる容器でコンクリートが運ばれた。「最後の1回」となる1立方メートルあまりが、ダム最上部に流し込まれた。

 打設が始まったのは2020年10月。以来、ダム本体だけで約36万立方メートルが投入された。ダム下流側で洪水の勢いを抑える構造物を含めると、全体で約43万立方メートル。その多くがバケットで運ばれた。

 立野ダムは3本の放流孔を設ける流水型で、構造は「曲線重力式コンクリート」。ダム自体の重さで水圧に耐えるだけでなく、中央が上流側に膨らんだアーチ状にして水圧をダム両岸に分散させる。

 立野ダムJV工事事務所の岩川真一所長(54)は「古くて手間のかかる工法で、経験のある技術者も作業員もいない。着任した時は正直先行きが見えませんでした」と振り返った。

 困難だったことを挙げればきりがない。

 重い道具や資材をかついで、いくつも階段を経て、やっと作業場にたどりつくような現場だった。

 阿蘇のカルデラに降った雨は立野峡谷を経て下流に流れる。それほどの雨量でなくてもダム付近では一気に水かさが増す。仮排水トンネルでさばききれない濁流が現場に押し寄せることもあった。

 冬になれば、峡谷を冷たい強風が走る。高い足場の上で吹きさらしの作業もあった。流し込んだコンクリートはしばらく散水する必要があり、作業は夜通し続いた。

 ダム上流側の川床や護岸は大小さまざま岩石をひとつひとつ積んで整備した。「阿蘇くじゅう国立公園」内にあり、国の天然記念物「阿蘇北向谷原始林」に接するダム。景観への配慮が強く求められた。

 「手間のかかるダム」の完成に向け、岩川所長は現場の考えや思いを吸い上げ、作業に工夫を重ねた。さまざまな配慮を求め国交省側との折衝にも力を注いだ。

 打設量が20万立方メートルに達したのが昨年6月。放流孔ができ、白川の水を元の流れに戻せたのが今年2月。工事の節目ごとに、岩川所長は作業員らと「ダム式万歳」で喜びを分かち合ってきた。

 21日の打設完了式では、地元大津町長と南阿蘇村長の音頭でダム式万歳があった。同じようにがに股で腰を深く落とし、しばらく我慢。そこから両手は重い物を持ち上げるように3回伸び上がる。会場は祝賀ムードに包まれた。取材にこたえる岩川所長の言葉も「感無量」で始まった。

 だが、その後はすぐに表情が引き締まった。

 「(登山で言えば)今が山の頂上。事故は山を下りる時に起こる」。徒然草の「高名の木登り」にある一節「過ちすな。心して下りよ」に触れ、こう続けた。「危険な作業ほどあと少しというところで油断しがち。失敗すればこれまでの苦労が水の泡になる」

 11月にはダムの総貯水容量いっぱいまで水をためるテストがあり、安全が確かめられて初めて、1983年に建設が始まったダム事業はゴールを迎える。(城戸康秀)

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