「1日に数億円が消える」東急担当が語る危機 運賃値上げの舞台裏

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松本真弥
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経済インサイド

 この春、鉄道各社が相次いで運賃を値上げした。大手私鉄では約20年ぶりのことだ。コロナ禍で乗客が激減し、鉄道業界で長くタブー視もされてきた値上げに踏み込まざるをえなくなった。その背景には社会インフラの鉄道会社ならではの事情も。舞台裏を追った。

 2020年4月。新型コロナウイルスの感染が急拡大し、国は緊急事態宣言を出した。通勤・通学客であふれていた鉄道のホームは閑散とし、「満員電車」は座れるほどにすいた。

 「1日で数億円が消えていった。1編成を走らせるたびに、会社からお金が流れ出すような状態だった」

東急はコロナ禍で、深刻な危機に見舞われました。その時、社内では何が起きていたのか。運賃の値上げという決断に至る経緯をたどりました。

 東急電鉄経営戦略部の五島雄一郎・総括課長は、コロナがもたらした会社の危機と向き合っていた。多くの企業が在宅勤務を指示するなか、鉄道会社の中枢を担う五島氏ですら出社は週1回ほどになった。

 会社の根幹が揺らぐ事態に、日に日に不安は増した。「世間は車内での感染を心配している。これからは鉄道が使われなくなるかもしれない」と五島氏。それでも公共交通としての役割は果たさなければならなかった。

 当時の赤羽一嘉国土交通相は「緊急事態でも必要な輸送機能の確保に全力をあげる。鉄道は国民生活を支える重要なインフラだ」とし、鉄道会社には通常ダイヤでの運行を求めた。

 鉄道各社は要請に応じた。東急の乗客は定期で4割、定期以外では7割減っていた。空気を運んでいるような列車もあった。ダイヤを維持した結果、深刻な資金の流出に見舞われた。

 電車を動かせば、電気代と車両の整備コストがかかる。運行や駅の運営に関わる社員も維持しなければならない。運賃収入は大幅に落ち込んでいた。収支のバランスが崩れ、運転資金は毎日数億円単位で失われていた。

 出血を少しでも和らげようと、当時の渡辺功社長の陣頭指揮で支出を抑えた。それまで外部に委託してきたPR動画の製作や、つり革などの消毒作業は現場の社員が担った。事業の多角化で一大グループを築いた私鉄の盟主も、地道なコストカットに追われた。

 だが、厳しい現実に向き合うことになったのは、むしろ宣言の解除後だった。移動の自粛が解かれても、定期の乗客数は「3~4割減」が続いた。一時的と思われた在宅勤務は、働き方改革の流れとも重なって定着した。特に東急が地盤とする渋谷駅周辺はIT企業が多く、在宅勤務へのシフトも進みやすかった。

過去の値上げのトラウマ 

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 「運賃の引き上げが必要では…

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