情熱と冷静さと 昨年死去の農民作家・山下惣一さんの足跡たどる

小浦雅和
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 昨年7月、佐賀県唐津市の農家を継ぐ一方、「農民作家」として直木賞候補にもなった山下惣一さんが86歳で亡くなった。ちょうど2年前の2021年3月、2月の全国農業新聞のコラムなどを最後に執筆活動から引退した山下さんは、朝日新聞の取材に「百姓をしながら、百姓のことを書いてきただけ。大げさなことではない」と語っていた。

 記者は山下さんの死去後、関係者を訪ね、その足跡を追った。

 山下さんは大規模、近代化を追求した農政に異議を唱え、家族主体の小規模農業「小農」の重要さを訴え続け、50冊を超える著作を残した。

 「農作業の合間にとにかく本を読んでいた。雨の日などは終日読みふけった」。70年来の竹馬の友で、農業の苦楽をともにしてきた伊藤善吉さん(88)は、子どもの頃から本好きだった山下さんの姿を語ってくれた。豪傑の武勇伝など祖父の本を持ち出していたという。

 山下さんは勉強もできたらしい。高校で知識や学力を身につけてから農家を継ごうと思ったが、父親から「進学した子は百姓を継がない。教育は家をつぶし、村を滅ぼす」と猛反対された。反発して2度家出をしたが、「居場所はない」と就農。心の空白を埋めるように太宰治やドストエフスキーに心酔し、自らも作家への地盤を固めていった。

 時代は高度経済成長期に突入。農業もトラクターなど機械化が進み、米作は順調で、「増産しながら働かんと農家はなりたたん」と、山下さんも伊藤さんも田んぼを広げた。

 だが、減反政策で一転。水田が荒れ、後継者も育たない農村の現状に、山下さんは「百姓を大事にせんで、企業に頼って拡大する農政はもってのほかだ」と憂うようになったという。

 減反で荒れた田の大石にしめ縄を張ったら参拝客で大もうけ――。減反政策を皮肉った小説「減反神社」は直木賞候補になった。

 政治で思いを実現する試みもした。1995年の参院選に向け、アイガモ農法の福岡県桂川町の古野隆雄さん(72)と地域政党「農民連合・九州」を設立。「農業を守らんがための百姓一揆(いっき)。消費者への直訴だ」と訴え、市民運動家らと比例区候補を立てたが、当選させることはできなかった。

 当時の同志で唐津市で養鶏などを手掛けるみのり農場を経営する麻生茂幸さん(73)は「のめり込まずひょうひょうとし、何事も第三者の目で見ていた」と振り返った。

 麻生さんは「養鶏には大規模、機械化は不可欠。小農経営はじり貧になる」が持論。山下さんとはある意味正反対ではあったが、「土地が狭くて規模拡大できず、近代化農業に取り残された地域は多い。そんな日本の農家のスポークスマンの立場で農業論をまとめた希少な作家だった」と山下さんを高く評価する。

 山下さんは2015年、「日本は農家の99%が小農。政策で消滅の危機だ」と宣言し、情報発信、イベントなどの活動をする「小農学会」を萬田正治・鹿児島大名誉教授とともに設立した。

 晩年は自宅のそばでミカンやウメを栽培。漬物を作り、酒をたしなんでのんびり過ごしたという。

 昨年10月、福岡市で開かれた山下さんの「しのぶ会」には約160人が集まり、山下さんの思い出を語り合った。萬田さんは「あの世でも農業の行く末を語り合おう」と「再会」を誓い、古野さんは「村が消滅しようとしている。山下さんにこの時代、地球を照らしてほしい」と祈った。

 日本の農業が抱える困難と向き合い、学び、闘い続ける情熱に、冷静さとユーモアを併せ持った山下さんは、今も多くの人の胸に生きていた。(小浦雅和)

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