死刑確定の袴田さん、高裁が再審開始認める 証拠捏造の可能性を指摘

村上友里 千葉雄高
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 57年前の1966年に静岡県のみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で、強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さん(87)=釈放=について、東京高裁(大善文男裁判長)は13日、裁判をやり直す再審開始を認めた静岡地裁決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却する決定を出した。犯行時の着衣とされた「5点の衣類」について、捜査機関が捏造(ねつぞう)した可能性が「極めて高い」と述べた。

 再審請求審では、静岡地裁が2014年に開始決定を出したが、18年に東京高裁が取り消した。最高裁は20年、衣類についた血痕の色の変化に争点を絞って高裁に審理を差し戻した。検察側が20日までに特別抗告すれば再び最高裁で審理されるが、今回の決定は「事実上の決着」との見方もある。

 シャツやズボンなどの5点の衣類は、袴田さんの逮捕から1年後の67年8月、働いていたみそ工場のみそタンク内から見つかった。静岡地裁は68年、この衣類を犯行時の着衣として死刑を導き、その後確定した。

 08年に申し立てた第2次再審請求審で弁護団は、衣類についた血痕に残る「赤み」に着目した。実験の結果、「1年もみそに漬かれば血痕は黒褐色になるはずだ」とし、衣類は袴田さんの逮捕後に捜査機関が捏造して投入した疑いがある、と主張してきた。

 最高裁は20年、「血痕は袴田さんと別人」としたDNA型鑑定の信用性を否定する一方、血痕が変色する化学的要因を審理し直すよう高裁に求めた。

 この日の高裁決定は、みそに漬かると「血液の赤みの要因となるヘモグロビンの性質が変化する」「(血液のたんぱく質とみその糖分が結合する)メイラード反応も合わさり、赤みが消えて黒褐色になる」とした弁護側の専門家らの見解は十分信頼でき、「赤みの消失は化学的・合理的に推測できる」と判断した。

 今回の高裁の審理で検察側が実施した再現実験についても、「赤みが残らないことは明らか」で、「弁護側の専門家の見解をかえって裏づける」と認定した。

 そのうえで衣類は第三者が後からタンクに隠した可能性があるとし、「第三者は捜査機関の可能性が極めて高い」と指摘。血痕の赤みの消失という「新証拠」により、「衣類は袴田さんの犯行着衣で、袴田さんが犯人」とした確定判決には「合理的な疑いが生じる」として再審開始を導いた。

 袴田さんは14年の静岡地裁決定で48年ぶりに釈放されている。この日の高裁決定は「無罪になる可能性、年齢、心身の状況に照らし、地裁決定は相当」と述べ、釈放を維持した。

 検察側が特別抗告を断念すれば再審開始が確定し、地裁で再審公判が開かれ、袴田さんは無罪となる公算が大きい。

 東京高検の山元裕史次席検事は「主張が認められず遺憾。内容を精査し適切に対処したい」とコメントした。(村上友里)

《視点》検察は再審受け入れるべきだ

 事件から57年、再審の重い扉が再び開かれた。

 犯行時の着衣とされた衣類は、袴田さんを死刑とした確定判決の証拠の柱だった。だが、付着した血痕の色の変化という新たな論点が出てきたことで、証拠能力は大きく揺らいだ。

 最高裁は1975年、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法の鉄則は、再審にも適用されると明示している。高裁決定は、この原則に沿った妥当な判断だろう。

 特筆すべきは、最高裁が宿題として課した唯一の争点に対し、検察側と弁護側が2年近くかけて立証を尽くした末の結論という点だ。検察が特別抗告しても覆らないとみる法曹関係者は少なくなく、今回の決定は「事実上の決着」とも言える重要な意味を持つ。

 検察庁法は検察官を「公益の代表者」と位置づける。不祥事を受けて検察が2011年に策定した「検察の理念」は、「有罪そのものを目的とする姿勢」を戒め、「時として自己の名誉が傷つくこともおそれない胆力」を求めている。

 47年超の拘禁で精神を病み、87歳になった袴田さんを、なお死刑囚の立場に置く正当性はあるのか。検察は理念に立ち返り、特別抗告せずに再審を受け入れるべきだ。(千葉雄高)

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