通でなくても面白く、通ならニヤリ 出版1カ月足らずで重版のヒット

富岡万葉
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 「この本が置いてあるところは奈良領」「奈良県民のバイブル」。国内外に散らばる奈良ファンがネットではしゃいでいる。

 奈良出身・在住のあをにまるさん(29)の作家デビューとなった短編集「今昔奈良物語集」(KADOKAWA)が2022年12月の出版から1カ月足らずで重版となるヒットを飛ばしているからだ。

 あをにまるさんは19年からインターネット上に小説を載せ、何作目かをアップしたところで、出版社の目にとまった。

 新作を加えた11編からなる同作の発売記念サイン会には定員の倍にあたる100人が押しかけた。

 同作は「竹取物語」「走れメロス」など教科書に載っていたり、誰もがなんとなく知っていたりする名作文学を奈良色に塗り替えた。

 場所や時代を変えるだけのパロディーではない。人物像も結末も大きく違う。かの正義漢は親の財布から金を抜き取る男となり、恋に死んだ彼は熱心なアイドルオタクに変身した。「ろくでもなさもご愛敬」とあをにまるさん。

 奈良を知らなくてもおもしろく、知っている人は交通事情やローカルなスポットに思わずニヤリとする話ばかり。

 大阪の飲み屋でぼったくられた主人公は、戻ることを誓って友人を残し、奈良の自宅に金をとりに帰る。が、店に戻る道中に飛び乗ったのは県内終着の鈍行だった。別の話の主人公は県最南端の十津川村から奈良市へ向かう。県内移動だが原付き、片道6時間のバス、近鉄を乗り継ぐ。

 交通の悲哀はあをにまるさんの実体験から。大学時代、夜遅くに食事に行こうにも、終電が早くて帰らないといけない。「付き合いが悪い」と責められ、帰ったら母に「遅いねん」と言われる。そんな「二重苦」の悲しみをぶつけた。

 京都との境にあるショッピングモール、「中で金魚の泳ぐ」自動販売機、猿沢池(奈良市)の柳に、高田川の桜(大和高田市)といった住民になじみ深い場所や観光地もふんだんに登場する。

 執筆のきっかけについて、あをにまるさんは「故郷の存在感はなんか薄い。若い人は進学や就職で県外に行っちゃう。どうしたら関心を持ってくれるか。本やドラマを楽しむついでに奈良を知ってもらったらいいんじゃないか」と話す。

 短編集「今昔奈良物語集」は税込み1595円。電子版も同時発売中。(富岡万葉)

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