「自動改札機は通れません」 不便なはずの手書きの切符、なぜ今も?

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星乃勇介
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 自動改札機は通れない。

 発券に10分かかることもざら。

 そんな鉄道の切符が地方の小さな駅で売られている。スマホをかざせば鉄路を行き来できるこの時代に、不便なものをなぜわざわざ残しているのか。訪ねてみると、意外な答えにたどり着いた。

 山形県大江町のJR左沢(あてらざわ)駅。記者(51)は窓口で頼んでみることにした。

 「仙台から上野まで東北新幹線のはやぶさで、乗車券は仙台まわりで都区内までください。上野に午後11時までに着きたいです」

 永田京子さん(63)が手元の時刻表をぱらぱらとめくり始めた。

 「仙台午後9時半発でどうでしょう?」。そう確認して、JRの予約窓口に電話をかけた。

 「ハザ1名様、6号車8番、アメリカ」

 ミスを避けるため、独特の言い方で復唱する。

 「ハザ」は普通車指定席、「アメリカ」はA席を意味する。B席だと「ボストン」といった具合だ。

 予約が取れたら、緑色の用紙に一文字一文字、ペンで書いていく。

 縦8センチ、横14センチ。都会ではあまり見かけない、ビッグサイズの切符だ。

 最後に「自動改札機はご利用できません」というハンコを押す。大体15分で完成した。

 渡されたのは「料金補充券」と呼ばれるものだ。特急の指定券などを出す機械がない駅で作られている。

 町の玄関口である左沢駅の無人化が俎上(そじょう)に上がったのは2020年。「ブランド力に響く」と危惧した町が、JRから委託を受けて切符を売ることにした。

 第三セクターの町産業振興公社に白羽の矢が立った。21年9月、窓口担当に決まったのが永田さんだった。

 それまで移動はほとんど車で、鉄道の知識は全くない。「切符って何?」のレベルだった。

利用者減り、発券機も撤退

 利用者が少ないことから、委託後は「みどりの窓口」や指定券の発券機がなくなり、注文を受けるたびに手で書いて作ることになる。宮城県のJRの事務所で同僚2人と研修を受けることになった。

 独特の言い回しに、全国の路線網や運賃計算ルール。訳が分からない。「やりながら覚えよう」と腹をくくった。

 利用者は大半が町の人。近隣の乗車券であれば機械で出せる。手書きの指定券は遠方行きだし、後回し。

 そう思って、初日の11月1日を迎えた。

 甘かった。

 午前8時20分。窓口の茶色のカーテンを開けると、中年の男性が待ち構えていた。

 「新千歳空港から新札幌までの快速の指定席ください」

 それ、どこ?

 のっけからパニックになった。

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 次々注文が来た…

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この記事を書いた人
星乃勇介
宮崎総局|延岡駐在
専門・関心分野
防災・不登校・人口減・公共交通・お産