昭和から脱炭素経営 岐阜の染色会社に根づく「SDGs」

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根本晃
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 気候危機を避けるには、二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの削減は喫緊の課題だ。そんな「脱炭素」のカギになる再生可能エネルギーを、昭和後期から使い続けているという老舗の染色会社がある。思わぬきっかけから始まった脱炭素への取り組みが、歳月を経て評判を呼び、収益の改善にもつながっている。

 豊富な地下水から「水の都」とも呼ばれる岐阜県大垣市。郊外の静かな田園地帯の一角に、創業約130年の衣服染色会社「艶金(つやきん)」はある。

バイオマス燃料、1987年から

 「ここに、1987年から使用しているバイオマスボイラーの施設があります」

 墨勇志(ゆうじ)社長(59)が案内してくれた。

 敷地内にある建屋に、大量の木材チップがうずたかく積まれている。おもに県内で仕入れたものだ。これを一定時間ごとに奥にあるボイラーに投入し、燃やして熱を生み出しているという。

 CO2を光合成で吸収して育った植物が起源の燃料は、燃やして出るCO2が相殺されるものとみなされる。「バイオマス燃料」と呼ばれ、再エネの一つに数えられる。

 墨社長によると、染色は多くのエネルギーを必要とする。水の中に浸した生地を、化学薬品を加えて60~130度の高温で数時間かけて熱するためだ。

 他の染色会社は重油やLPガスなどを燃料とすることが多い。艶金も前は重油を使用していた。

 なぜ再エネに切り替えたのか。

 「もともと崇高な理念があったわけではないんです」と墨社長は打ち明ける。

きっかけはオイルショック

 1970年代のオイルショックでは、原油が高騰した。バイオマスなら価格が安定していると業者から提案され、当時の社長が導入を決めたという。

 しかし、評判はいま一つだった。木材チップは重油やガスと比べ、管理に手間がかかる。その後に原油価格も安定したことから、社内では「変えなくてよかったのに……」と不満も出た。

 切り替えから30年ほど経った2018年。墨社長は岐阜県庁の職員に誘われて、中小企業のCO2排出量を計算する環境省の事業に参加した。すると、LPガス使用時と比べ、排出量を75%削減できているとわかった。

 「これは新しい付加価値になるかもしれない」。そう考えた墨社長は、調査結果をもとに脱炭素への貢献をアピールするパンフレットを19年に作成した。

「環境で仕事はとれない」→まもなく一変

 取引先に配って回ったが、返ってきた反応は「資料は頂いておきます」。取引の拡大にはつながらなかった。

 社内でも「環境の話で染色の仕事がとれるなら苦労しない」といった雰囲気が感じられた。「ものの見事に空振りに終わった」と墨社長は振り返る。

 だが、まもなくして状況が一変する。

 気候危機への関心が世界的に…

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