生かせなかった12年前の大津波警告 原発訴訟で再注目

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編集委員・佐々木英輔
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 福島第一原発事故を起こした東京電力や国の責任をめぐり、平安時代東北地方を襲った大津波が改めて注目されている。東電旧経営陣の経営責任が争われている株主代表訴訟では今年、12年前の国の会合で想定を求める発言をしていた研究者が証言。当時、相談に来た東電の担当者に「対策を取るべきだと言った」と明かした。警告は、なぜ生かされなかったのか。

「津波対策を考えたほうがいい」東電に助言

 「今から調査しても無駄ですよ、対策を考えたほうがいいですよと伝えた」。5月27日、東京地裁に証人として呼ばれた岡村行信・産業技術総合研究所名誉リサーチャーはこう証言した。東電の旧経営陣5人を被告に22兆円の賠償を求めた株主代表訴訟。岡村氏が法廷に立つのは原告側の尋問があった2月以来で、この日は被告側の代理人による尋問があった。

 「必ずしも対応をとるべきだと考えていなかったのでは」と問う被告側に対し、岡村氏は「そんなことはない」と否定。「考慮すべきものだと私は考えていた」と語った。

 焦点になっているのは、869年に起きた貞観(じょうがん)地震による津波を想定に入れなかった東電の対応だ。被害は平安時代の歴史書「日本三代実録」にも記され、2011年の東日本大震災は、その再来とも言われた。岡村氏は震災前から、過去の津波で運ばれた砂などの津波堆積(たいせき)物の研究に地質学の専門家として携わってきた。

 原発事故の発生直後から注目を集めたのが、今から12年前、09年6月24日の岡村氏の発言だ。

 「非常にでかいものが来ている。全く触れられていないのは納得できない」。福島第一原発の地震想定の見直しをチェックする経済産業省原子力安全・保安院の公開会合で、東電の想定に疑問を投げかけていた。

 当時は、産総研東北大によって各地の地層に残る津波堆積物の調査が進んできていた。従来知られていた宮城県の仙台平野や石巻平野、さらには福島県沿岸にも貞観津波の痕跡が広がっていることがわかり、これをもとに震源(波源)の位置や規模を推定した研究論文も出ていた。原発の地震や津波の想定では、最新の知見を反映するルールになっている。それなのになぜ考慮しないのか、との指摘だった。

予定外の発言に慌てた東電

 岡村氏はこのときの東電の反応について、「なかなか認めない雰囲気だった。今までの対応と違うと感じた」と法廷で振り返った。実際、この指摘は東電にとって予定外だったことが、旧経営陣の刑事裁判に提出された証拠で明らかになっている。当日、旧経営陣を含む社内の関係者に担当者が送ったメールには、こんな記述が残っていた。

 「了解となる予定でしたが、やや波乱があり、もう1回審議となりました」「津波、地震の関係者にはネゴしていたが、地質の岡村さんからコメントが出た、という状況」

 ネゴとはネゴシエーション、いわば事前の根回しだ。この日は保安院が審議結果をまとめる最終段階で、幅広い専門家に意見を求める会合だった。東電は、一部の専門家には貞観津波をすぐには想定に入れない方針を説明していたが、岡村氏は漏れていた。

 その後、東電の担当者は岡村氏を訪問。福島県内の津波堆積物を独自に調査してから貞観津波の扱いを検討する方針を説明した。岡村氏が「調査は今さらやるものではない」と、対策に進むよう求めたのはこのときだったという。

 すでに産総研などが200カ所以上を調べ、宮城沖から福島沖に及ぶ巨大な震源域を推定していた。これは確かなデータをもとにした「最低限のモデル」。もうかなりのことがわかっていて、東電の調査でデータが増えても小さくはならないとの考えからだった。津波堆積物の調査が先行した北海道では、太平洋岸を大津波が襲う「500年間隔地震」が国の防災想定に反映されていた。

 観測網のない古い時代の地震や津波の再現は、古文書、地層や地形に残された証拠を手がかりにするしかない。いくら調査を重ねても不確実さはつきまとうが、津波堆積物を調べれば、地震の震源や規模、起きた時代や繰り返す間隔をつかむことができる。貞観津波があったこと自体ははっきりしているのに、完全を求めて調査にこだわり続ければ、いつまでも対策を取れなくなってしまう。

 「ある程度の証拠があり、脅威になる自然現象は考慮しましょうという共通の考え方があった」。岡村氏は、原発の活断層の審査に携わってきた経験も踏まえてこう語った。当時の研究を踏まえれば「津波は大きくなるので、それなりの余裕をみた想定」をすることになったはずだったとの見方も示した。

 「今までと違う」反応には、理由があった。実は、東電はこの前年の08年後半から、ひそかに貞観津波の影響を計算していた。

 「最大影響の場合10メート…

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