第3回息子のため日本へ、でも…制度の不条理に直面した実習生

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宋光祐=ベトナム北部キムドン県 玉置太郎 笠原真 半田尚子
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 群馬県館林市にある縫製工場の2階、6畳の3人部屋に敷いた薄い布団の上で、ダオ・ティ・フエンさん(26)は毎晩、スマートフォンのビデオ電話を通じて話しかける。

 「元気? 今日は何してたの?」

 画面には幼い男の子の笑顔。故郷ベトナムに残す一人息子、ヒウ君(5)だ。

仲介手数料は70万円

 技能実習生として1日8~10時間、ミシンの前に立つ。仕事が終わり、ヒウ君と会話する夜のひとときが一番の楽しみだ。ただ、「ママ、早く帰ってきて」とせがまれるのがつらい。

 首都ハノイの南東約40キロに位置するフンイエン省キムドン県の出身。実家は畑が広がる田舎町にある。高校卒業後、地元の縫製工場に勤めたが、月給の2万~3万円は国が定める最低賃金レベルだった。一緒に暮らす両親は農家でコメや野菜を栽培するが、現金収入は月2万円ほど。フエンさんは結婚せず、シングルマザーとしてヒウ君を育て、金銭的な余裕はなかった。

 苦しい生活のなか、日本の技能実習制度のことを知った。実習生として働いて貯金し、帰国後、家を建てた人が近所に住んでいた。そのことを知り、「私も日本で働いてみたい」と思うようになった。近所の知人から、日本へ実習生を送り出すハノイの仲介業者を紹介してもらった。

 仲介業者に接触すると、「毎月手取りで9万円ほどの給料を稼げる」と説明された。地元では稼げない高収入だ。「日本で働いて、ヒウの将来のために教育費をためたい。それから、2人で住む家も建てたい」。日本行きを決心した。2年前のことだ。

 仲介業者からは手数料として70万円を請求された。ベトナム政府は仲介業者の手数料の上限を3600ドル(約37万円)に規制している。だが、技能実習生の支援団体によると、ほとんどの仲介業者はこの規制を守らず、政府は違反を取り締まっていないという。

 70万円はフエンさんも両親も、とても払えない額だ。家族で話し合い、両親が実家の家と土地を担保に銀行から90万円を借りた。この90万円が、手数料を含むフエンさんの来日費用になった。母親のビンさん(51)は「借金を返済できなければ、土地と家を取られる。不安はあった」と話す。

 技能実習制度では家族を連れて来日することはできない。2019年7月、フエンさんは当時4歳だったヒウ君を両親に預け、日本へ向かった。母親と離ればなれになったヒウ君が寂しがって泣くたび、ビンさんは「ママが帰ってきたら、ヒウと暮らす家を買うよ。我慢してね」と慰めた。

 ベトナムは急速な経済発展を遂げ、2019年の国民1人あたりのGDP(国内総生産)は約2700ドル。2010年の約1300ドルから倍増した。一方で、富裕層と貧困層の格差の拡大が社会問題になっており、政府は技能実習など先進国での「出稼ぎ」を奨励している。フエンさんも、そうした国策に背中を押された一人だ。

現れた弁護士が告げた言葉

 日本で暮らす技能実習生は2019年末、41万人に達した。このうちベトナム人は22万人で最多だ。その日本にも、新型コロナウイルス禍が迫っていた。

 岐阜県を流れる木曽川のそば…

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連載共生のSDGs 明日もこの星で(全14回)

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