第1回ハプニングの寛容は食そのもの 松重豊と藤原辰史が語る

有料記事食の向こうに 世界を味わう

荒ちひろ 鈴木春香 小早川遥平
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 2020年は新型コロナウイルスが猛威を振るい、移動制限や隔離といった経験を世界が共有した年でした。近しい人との食事が当たり前ではなくなり、食にまつわる日常の風景は大きく変わりました。コロナ下のいま、食が人々の交わりに与える影響について考えてみたい――。

 そこで取材班の頭に浮かんだのが、人気ドラマ「孤独のグルメ」の主演をつとめる俳優の松重豊さんと、食の思想史が専門の京都大准教授、藤原辰史さんでした。お二人に対談していただければ、たくさんのヒントをもらえるに違いない。予想通り話は大いに盛り上がり、食がつむぐ人の縁や食の役割、「孤独のグルメ」の撮影現場でのエピソードのほか、演技論にも及びました。(荒ちひろ、鈴木春香、小早川遥平)

〈まつしげ・ゆたか〉1963年生まれ。大学時代に芝居を始めた。ドラマ「孤独のグルメ」(テレビ東京系)では、仕事先の街で一人、食事を堪能する井之頭五郎を演じている。

〈ふじはら・たつし〉1976年生まれ、京都大人文科学研究所准教授。専門は食の思想史、環境史。著書に「ナチスのキッチン」「給食の歴史」「食べるとはどういうことか」など。

コロナ下の2020年

 松重 僕らは東京オリンピックに向けて、世界中の人が日本に滞在している時に「孤独のグルメ」をどういう風にお見せしようか、と楽しい妄想をしていた矢先に、どんどん状況が変わっていった。演劇や映画がなくなり、身近な食べるところ、飲み屋さんも厳しい状態になった。藤原さんの著書「縁食論」でも、コロナ前後の感覚の生々しさが描かれていますね。

 藤原 人々がなにげなく、松重さんが演じる主人公のようにふらっと立ち寄って、コミュニケーションを取って、ふらっと去れる。そういう場所が、街や人との関係を作ると言ってきたんですが、コロナでダメになってしまった。私の論の危機が訪れました(笑)。一方で、たとえばオンライン飲み会をしたいとか、給食を早く再開してほしいという声を聞いて、コロナ下だからこそ見えてきたものがある。

孤食と独食

 松重 「孤独のグルメ」は、あえて一人で食べることを選ぶ「独食」を描いていると捉えてみたい。ひとりぼっちで寂しく食べるイメージのある「孤食」とは違います。周りに直接的な縁を求めなくても、「給仕してくれるおばちゃんの言葉があったかい」と感じるとか、世界が広がっていく可能性がある。好きな居酒屋さんのテイクアウトで「元気?」って声をかけながら買うと、そこに文脈があるので、家で食べても孤食になりません。

 藤原 少しの声や表情で文脈が生まれるんですね。たしかに独食と孤食は全然違う。「孤独のグルメ」は、見ているだけなのにおなかがすくし、つばが出てくる。この身体性は、まさに文脈から出てくると思います。松重さんって、作ってる方の振る舞いとか、よく観察されるほうですよね?

 松重 そうですね。それが楽しくて厨房(ちゅうぼう)が見える席に陣取るタイプです。バスに乗るときも、運転手に近いところがいい。プロセスを見ながら結果を楽しみたいほうなので、作っている人の姿や所作、手つき、それから顔つき、そこから想像するのが楽しいんです。ドラマでも一人で店に入って、周りのお客さんが食べている物を気にしながら、出てくるものをいただく。全部が文脈としてつながっていきます。

 藤原 「孤独のグルメ」でおもしろいなと思うのは、のぞき見です。ちょっと見て「あれがほしい」という場面がありますが、食の原初的な形でしょう。一緒に食べているわけでも、言葉を交わしているわけでもない。でもおいしそうだから「僕も食べたい」「あれください」。僕らが原始人だったら、マンモスを食べている香りがしてきて、「あれ、おいしそうだ」と。

 松重 それで戦争になることもあるわけですよね。

 藤原 そっちもあります。暴力で殴りかかるのか、一緒に分けてと言いにいくのか。人類史には両方あったと思います。

 ところで、食べ物を口に入れた井之頭五郎の表情がなんともいいのですが、何か工夫をしていますか?

2人の食に関する話は止まりません。後半では藤原さんが「うわあ、めちゃくちゃおもしろい」と語る場面も。最後には2人の著書のプレゼント企画もあります。

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 松重 あれはただ、食べてな…

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