「抑えられない自分が怖い」 認知症の夫の思わぬ苦悩

有料記事認知症と生きるには

松本一生
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 認知症には、本来のその人にはあり得なかったような状態になることがあります。「認知症による行動・心理症状」と呼ばれる状態です。アルツハイマー型や血管性など、認知症のタイプによって異なる脳変化で生じる症状です。介護する家族など周囲が慌てて対応しようとすると本人は混乱しますが、「全て周囲の対応に問題がある」とは必ずしも言えないようです。実は自分の混乱に気づきながら、それを止められなくなる人もいるからです。長く認知症にかかわってきた精神科医の松本一生さんが実際にかかわった事例をもとに解説します。

イライラする自分が怖い

 78歳で血管性認知症と診断された野村和重さん(仮名:男性)は、これまで30年間、糖尿病と向き合ってきました。残念なことに彼は食事と飲酒の節制ができず、30代から肥満や脳の虚血などの持病があり、突然、ふらついて倒れることもよく見られました。かかりつけ医の努力もあり何とかやってきましたが、70歳を過ぎたころから「物忘れ」が目立つようになりました。

 ところが、初診での彼の訴えは「物忘れ」ではなく、「イライラして妻やものに当たってしまう自分が怖い。自分を何とか抑えてほしい」というものでした。

 妻の京子さん(仮名:64歳)は夫との年齢差があるため「私は夫が混乱しても、取っ組み合いになって負けることはないのですが、夫がどうしようもなくイラついて、『自分を止めてくれ。自分で自分が抑えられない』と苦しんでいるさまを見るのがつらい」と訴えてきました。

周囲のケアと治療

 彼に対して私は第1に、ケアを受けている当事者が何を望むかを大切に考え、決してケアする側の一方的な意見で勝手に決められることがないよう、当事者の人権や気持ちを大切にする「パーソンセンタードケア」という考え方や、その考え方に基づいたケア、家族対応の話をしました。ケアを受けている認知症当事者が「今、どのような気持ちにいるか」を常に忘れることなく、周囲の介護職や家族がケアすることで、当事者の安心感を得られれば混乱が抑えられます。

 次に「ケアだけではない、積極的な医療との連携」の大切さも考えました。当事者に混乱があるとき、何でも安易に「病気の症状としての混乱だ」と考え、ケアと連携することなく医療側が薬(安定剤)で抑制するようなことは避けるべきです。しかし一方で野村さんのように自分の怒りが激しくなって、その症状に自らが振り回される場合、あまりにも混乱が長引くと、その人の脳や心臓への負担が激しくなり、その人が疲弊してしまうようなこともあります。私はケア職や家族との相談のうえで、そういう場合には多すぎないように注意しながら薬物でイライラ感(焦燥感)を取る処方をします。

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■妻が聞いた夫のひとりごと…

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松本一生
松本一生(まつもと・いっしょう)精神科医
松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など