ワシントンやコロンブスも…米国の偉人像撤去やりすぎ?

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ニューヨーク=鵜飼啓
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 白人警官が5月末、米ミネソタ州で黒人男性ジョージ・フロイドさんを暴行死させた事件を機に、米国では奴隷制度や人種差別に関与したとして、歴史上の人物の像を撤去する動きが相次ぐ。ただ、撤去に広い支持が集まることもあれば、議論が分かれるケースもある。その違いはどこにあるのだろうか。

 バージニア州の州都リッチモンドの中心部には、「モニュメント(記念碑)大通り」と呼ばれる通りがある。奴隷制を守るために米国からの離脱を宣言し、北部と南北戦争を戦った「南部連合」将軍らの大きな像が5体置かれ、その名が付いた。だが、フロイドさんの事件後、像はデモ隊に引き倒されたり、市政府に撤去されたりし、残るのは、撤去の是非が裁判に持ち込まれたロバート・E・リー将軍のひときわ大きな像のみになった。

 米国を二分した南北戦争が1865年に終わると、敗れた南部では北部主導の急進的な改革が試みられた再建期を経て、地元の有力者が政治力を取り戻した。バージニア州では86年にリー将軍のおいが知事に就任。南部連合の首都でもあったリッチモンドに将軍像設置を進めた。ナショナル・グラフィック誌によると、90年の完成式典には南部連合の元軍人1万5千人や観客10万人が集まったという。

 残りの4体は1907~29年に建てられたが、将軍らを「米合衆国への反逆者」ではなく「英雄」と位置づけて顕彰し、南部が「州の権利のために戦った」と美化する意味合いが込められていた。撤去を決めた同市のストーニー市長は、「これらの像は黒人の子どもたちの夢に影を落としてきた。撤去することで癒やしのプロセスを始め、未来に目をむけることができる」と語る。

 人種差別問題などに取り組む「南部貧困法律センター」の2019年の報告によると、こうした南部連合に関連した像や記念碑、地名は少なくとも1747件に上る。だが、フロイドさんの事件を機に「不適切だ」という考えが急速に強まった。

 キニピアック大が6月17日に発表した世論調査では、像などを公共の場から撤去することへの支持が52%で、不支持が44%だった。2017年にバージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者が対抗デモに車で突っ込み、死者が出た直後の調査(不支持50%、支持39%)と比べ、支持が大きく伸びた。

 南北戦争の専門家、ボストン大のニナ・シルバー教授は「南部州が奴隷制を守るために戦ったのは明らか。州の権利を訴えたのも、そもそも奴隷制のためだ」と指摘する。「像の多くは戦争から30、40年経ってから白人の優位を示すために建てられた。白人至上主義の露骨なシンボルであり、撤去を求める動きは理解できる」と話す。

 像撤去については、一部で「歴史の否定」との批判もある。だが、セントトーマス大のウィリアム・カバート准教授は「歴史の研究に像は必要ない。像が建てられるのは、偉大な人物だったとのメッセージを送るため。もはや顕彰にふさわしくないという判断になれば、変えてもいいのではないか」と語る。

ワシントンやジェファーソンも

 では、奴隷制に関わった人物の像はすべて、撤去すべきなのか。米国の初代米大統領のジョージ・ワシントンや第3代大統領のトーマス・ジェファーソンらはバージニア州出身で、奴隷を所有していた。米独立宣言に「すべての人間は平等である」と書いたジェファーソンは自らは奴隷を手放さず、奴隷女性との間で子どもももうけたとされる。オレゴン州ポートランドでは6月、この2人の像も倒された。

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 一連の像の撤去を批判するト…

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