安倍晋三首相による長期政権は安定をもたらしたと言われる一方で、異論や変化を拒む空気も広がっている。「最長首相」の任期が迫る中、日本の政治は前に進めるのか。歴史学者の呉座勇一さん(39)に聞いた。

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 安倍首相の通算在職日数は歴代最長となったが、盤石だった江戸幕府というよりも、戦乱の世を終わらせた豊臣政権に近い。

 豊臣政権で、応仁の乱以降、100年以上にわたって続いていた戦乱がピタッと止まった。当時の人たちからすれば画期的。武士にも農民にも商人にも、全国を束ねる強い権力を期待する空気があった。

 2012年の第2次安倍政権発足時の空気も似ている。06年の第1次安倍政権以降、民主党政権を含む6年間でほぼ1年おきに首相が交代。そうした決められない政治、内輪もめの政治への嫌気が、2回目の安倍政権を生んだ面もある。民主党への政権交代は、日本史的にもかなり大きな変革。それがうまくいかなかったことが、尾を引いていると思う。

 政策的にも安倍、豊臣両政権は共通点がある。社会の仕組みの抜本的な改革に手を付けず、前の時代の流れを引き継いでいる点だ。

 豊臣政権は検地や刀狩りを行ったというイメージがあるが、まだスローガン止まりのような部分があり、徹底されたのは江戸時代になってから。当時の最大の課題は全国統一後、戦争最優先だった社会の仕組みを平和な世に合ったものにどう転換するか、つまり、仕事を失った武士をどう位置づけるかだった。だが、秀吉は転換できずに、朝鮮出兵を選択した。

 安倍政権もアベノミクスや東京五輪開催に代表されるように「右肩上がりの高度経済成長の時代をもう一度」という気持ちが強い。少子高齢化によって、人口構成が大きく変わりつつある中で、重要な年金や医療といった社会保障制度への改革の取り組みがあまり見られない。

 第2次政権は7年を過ぎ、自民党総裁としての任期満了まで2年を切ったが、政権末期とまでは言えない。室町幕府でいえば、幕府の力が衰えてきた8代将軍の足利義政くらいの段階だと思う。義政は求心力を回復しようと、守護大名たちの対立をあおり、忠誠心を競わせた。結果、制御不能になって応仁の乱という大乱が生まれた。今後、首相が求心力回復のために派閥抗争をあおることがあれば、党内が混乱する危険性もある。

 「桜を見る会」の問題などもあり、内閣支持率がじわじわと落ちてきているので、回復のために何か大きなことをやろうとすると危ない。例えば、北方領土問題で思い切った譲歩をして返還に道筋をつけようとしたり、憲法改正を強行しようとしたりすれば、党内の反発や公明党とのあつれきを生むかもしれない。

10年後に「関ケ原」も

 「ポスト安倍」候補が小粒であることも、今の政権の危うさの一つ。首相と菅義偉官房長官ら一部に権力が集中していて、閣僚が独自性を発揮できる幅は狭い。重要閣僚に就いても、結果的に後継者として成長できない状況だ。豊臣政権も秀吉と石田三成ら官僚層だけで実質的に動かしたため、秀吉亡き後は機能しなくなった。次の首相の政権が、そうならないとも限らない。

 安倍首相が後継指名して、院政に近い形をとることも考えられる。平安時代の白河上皇が50年近く最高権力を維持していたように、日本の政治では院政はむしろノーマル。国民が制御できないところに本当のリーダーがいるという非民主的な形になるから、よくないけど。

 次の首相くらいでは政界に大きな変化は起こらないだろうが、10年後は違ってくる気もする。少子高齢化の懸案が浮き彫りになり、「このままではだめだ」と社会保障をめぐるきちんとした政策論争が行われるのではないか。そうなれば、自民党の分裂も含む、関ケ原の戦いのような政界再編だって起こりうる。

 野党が多弱のままなら、各個撃破される。各勢力を統合できる理念か、核となる存在が必要だ。

 理念として、「憲法改正反対」ではまとまれるかもしれないが、現状維持ともいえるので、世論に訴える力が弱い。明治維新の「尊皇」みたいなスローガンがいる。関心の高い社会保障でどんな改革案を出せるかだと思う。

 平氏政権がひっくり返ったときには源頼朝、鎌倉幕府が倒れたときには後醍醐天皇、明治維新のときには薩摩と長州のような核となる存在がいた。

 立憲民主党など今の野党の中心は民主党政権を担っていた顔ぶれ。「安倍さんがダメだから」とすぐに野党に流れる雰囲気にはならない。核となる新しい顔がいる。やはり大きな変化が起こるのは、与党も野党も顔ぶれが変わる10年後くらいなのかもしれない。

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「6連勝」、長期政権を下支え

 安倍晋三首相は2019年11月、2886日の桂太郎を抜き、通算在職日数が歴代最長となった。12年衆院選の大勝を受けて始まった第2次政権では、金融緩和などを柱とする「アベノミクス」を打ち出した。経済の好調さを前面に出しながら、憲法改正をめざす構えを続ける。衆参の国政選挙での「6連勝」が、長期政権を下支えする。

 首相の自民党総裁任期が近付く中、「ポスト安倍」候補の石破茂元幹事長や岸田文雄政調会長らの後継レースが始まりつつある。一方で、首相の続投の可能性に言及する政権幹部もおり、先行きは見通せない。

 野党側を見渡せば、09年に政権交代を果たした民主党は分裂し、その流れをくむ民進党も17年衆院選の際、立憲民主党やのちの国民民主党の勢力に分かれた。立憲、国民両党は、19年秋から国会で統一会派を結成。社民党も含めた政党合流に向けての協議を行っている。(楢崎貴司)