白血病になって「ブラック」と気づいた社長の悔悟と改革

有料記事カイシャで生きる

編集委員・中島隆
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 それは7~8年前の年末。さむ~い夜の、大阪のあるところでのお話です。深夜、仕事から帰ってきた男性に、近くで一人暮らしをする80代の母から電話がかかってきました。

 「給湯器が壊れてお湯が出ない。お風呂も使えんわ」

 男性はネットで修理業者を探しましたが、世は年末年始休暇でみつかりません。ある業者の社長さんのSNSに行き当たり、ダメもとでメッセージを送ると10分もたたずに社長さんから電話がかかってきました。

 「あすの朝、担当者を向かわせます」

 翌朝、母の家の給湯器を直してもらいました。修理をした2人は、お金を取らずに帰っていきました。こんなセリフを残して。

 「とりあえずお湯が出るように修理しただけです。お金をいただくことはできません」

 正月があけ、男性はこの給湯器会社に取り換え工事を頼みました。大手ガス会社の特約店などが掲げている費用とは比べものにならない安さ。しかも、今後10年間、商品と工事の保証を無料でつけてくれましたとさ。

 めでたし、めでたし……。

 おっと、これでおしまいではありません。ここからです。主人公はこの給湯器会社の社長さん。給湯の日(9月10日)を前にお届けする物語のはじまり、はじまり。

組織の歯車として一日一日を懸命に生きる。ときに理不尽な人事や処遇に苦しんだり、組織と決別して新しい人生を歩むことを考えたり。さまざまな境遇や葛藤を経験しつつ、前に進もうとする人々の物語を紡ぎます。

かっこわる

 社長の名は森崇伸(たかのぶ)さん、45歳。関東にも進出し、年商は30億円を超える「キンライサー」を経営しています。

 1974年、大阪の豊中市に生まれました。叔母の夫は、給湯器メーカー「パーパス」の創業者。森さんの父をはじめ、森家の人の多くがパーパスに就職していました。

 長男の森さんも当然、パーパスに入ると思われていて、ときどき仕事場に連れて行かれました。父が取引先にぺこぺこ頭を下げているのを見て、森さんは思いました。

 〈かっこわる。ぼくは社長になる〉

 親たちが敷いたレールに乗るのも、かっこわる。進学校だった府立高校に進むも、「社長になるんやから、大学行くのは無意味」と教師たちに宣言します。学校は大慌て。両親は「大学に行け」と言うばかり。

 ごちゃごちゃうるさいので、大学受験の会場に行き、名前だけ書いて解答用紙を出しました。

 〈受験して落ちたんだから、もうええやろ〉

 高校を卒業すると、自動車整備工場へ。でも、そこにいても金持ちにはなれないと思い、4年でやめました。そしてアメリカへ一人旅。1カ月で帰国すると、根拠のない自信が生まれていました。

 〈会社をつくれば成功するに決まってる〉

当然や

 給湯器の工事はもうかりそうだと思っていました。1年半ほど現場で修業をし、1997年に24歳で独立。2年後に会社組織にしました。給湯器の工事だけでなく、一般の消費者向けに、工事付きで給湯器を売り始めました。

 リンナイノーリツ、パーパス……。そんな給湯器メーカーから直接仕入れることで、販売価格をガス会社の特約店で買うより約4割安くしました。

 でも、無名の会社から買ってくれるほど甘い業界ではありませんでした。多くの消費者は、格安にすると「大丈夫?」と怪しむのです。消費者には、ガス会社の特約店という「権威」を重んじる傾向も強くありました。

 森さんたちは、インターネットに商機を見いだそうと、施工事例をホームページに掲載していくなどの方法で集客をしていきました。そこそこ売り上げは伸び、社員も増えていきました。お客の家に出向き、見積もりをし、工事をし……。みんな残業につぐ残業でした。でも森さんはなんとも思いませんでした。

 〈給料払ってるんや、当然や〉

 30歳で結婚。そして、試練がやってきました。

やばい、やったな

 妻の母は統合失調症でした。家から出たら帰ってこない。食事をしなくなって、やせていく。眠れないというので、睡眠薬を飲ませる。薬の量が増えていく――。

 妻が、母の面倒をみていまし…

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