秒読み、極限の一手 過酷すぎる棋士のラスト60秒

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文・深松真司 写真・安冨良弘
【動画】第11回朝日杯将棋オープン戦で、藤井聡太四段と対戦し、「1分将棋」に入った学生名人の藤岡隼太さん
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 将棋は、時間との戦いでもある。数時間もの持ち時間を使い果たした末、「秒読み」という過酷な世界が待ち受ける。1分の間に読み切れるか。焦りや迷いが極致に達する中、棋士たちは瞬時の決断を迫られる。

時紀行:終盤の1分将棋

 ふたりの青年が将棋盤を挟んで向かい合っていた。パチッ。乾いた駒音が時折、静寂を破る。

 6月、JR福島駅(大阪市)にほど近い関西将棋会館5階「御上段(おんじょうだん)の間」。学生名人の藤岡隼太(はやた)さん(19)が、注目の棋士、藤井聡太四段(15)に挑んだ。

 18畳の御上段の間は、そこだけ15センチほど床が高い。床の間には歴代永世名人掛け軸が並ぶ。江戸城本丸の黒書院を模してつくられた格式高い対局室での終盤戦。藤岡さんは追い詰められていた。一つは形勢、もう一つが時間。

 将棋は、相手との戦いであると同時に時間との戦いだ。この対局は持ち時間各40分。使い切ると、1手60秒未満で指し続けなければならない。「1分将棋」と呼ぶ。

 「30秒ー」。記録係の秒読みの声に、1分将棋に入った藤岡さんの視線がせわしなく動く。さらに前傾姿勢。畳についた両手の指が白く変わった。「50秒、1、2、3……」。額に手をやり、「9」で素早く駒を動かす。藤井四段が着手すると、再び、「30秒ー」。

 一局の指し手の半分を1分将棋で戦った末、藤岡さんは敗れた。「時間の使い方を含めて、甘かった」。藤井四段は2分残していた。

 焦り、迷い、ミス。瞬時の決断を迫られる「1分」が、思いも寄らぬドラマを生む。

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 まさかの逆転劇だった。

 将棋界の頂点を決める、昨年春の名人戦羽生善治名人(46)=現三冠=に佐藤天彦(あまひこ)八段(29)=現名人=が挑んだ七番勝負第2局で、両者1分将棋の中、時の名人が相手玉の詰みを逃し、敗れた。

 名人戦の持ち時間は最長の9時間。双方が8時間59分ずつを使い切った末の難解な終盤戦だった。百戦錬磨の羽生名人が「読み切れなかった」。この敗戦を皮切りに4連敗し、名人の座を失った。

 「フルマラソンの後に100メートル走を繰り返すようなもの」。過酷さを、そう表現する棋士もいる。

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