夏目漱石「吾輩は猫である」157
老人は呼吸を計って首をあげながら「私ももとはこちらに屋敷もあって、永らく御膝元(おひざもと)でくらしたものでがすが、瓦解(がかい)の折にあちらへ参ってから頓と出てこんのでな。今来て見るとまるで方角も分らん位で、――迷亭にでも伴(つ)れてあるいてもらわんと、とても用達(ようたし)も出来ません。滄桑(そうそう)の変とは申しながら、御入国以来三百年も、あの通り将軍家の……」といいかけると迷亭先生面倒だと心得て
「伯父さん将軍家もありがたいかも知れませんが、明治の代(よ)も結構ですぜ。昔は赤十字なんてものもなかったでしょう」
「それはない。赤十字などと…
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