夏目漱石「三四郎」(第十七回)三の三

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 その日は何となく気が欝(うっ)して、面白くなかったので、池の周囲(まわり)を回る事は見合(みあわせ)て家(うち)へ帰った。晩食後(ばんしょくご)筆記を繰返して読んで見たが、別に愉快にも不愉快にもならなかった。母に言文一致の手紙をかいた。――学校は始まった。これから毎日出る。学校は大変広い好(い)い場所で、建物も大変美しい。真中に池がある。池の周囲を散歩するのが楽みだ。電車には近頃漸(ようや)く乗馴(のりな)れた。何か買って上たいが、何が好いか分らないから、買って上げない。欲しければそっちからいって来てくれ。今年の米は今に価(ね)が出るから、売らずに置く方が得だろう。三輪田の御光さんにはあまり愛想(あいそ)を善くしない方が好かろう。東京へ来て見ると人はいくらでもいる。男も多いが女も多い。というような事をごたごた並べたものであった。

 手紙を書いて、英語の本を六、七頁(ページ)読んだら厭(いや)になった。こんな本を一冊位読んでも駄目だと思い出した。床(とこ)を取って寐(ね)る事にしたが、寐つかれない。不眠症になったら早く病院に行って見てもらおうなどと考えているうちに寐てしまった。

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 翌日(あくるひ)も例刻に学…

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