新しい常用漢字のうち、3文字は「要らない字」でした。
 ……などと書くと、「いったい何ごと?」と思われるかもしれません。戦後の朝日新聞が活字整備の対象に選んだ漢字4000字には入っていなかった、という話です。

 2010年に改定された現行の「常用漢字表」(改定常用漢字表)の字数は、2136字。1946年制定の当用漢字表が1850字、1981年の常用漢字表が1945字だったのに比べると、かなり増えました。情報機器の急激な普及を背景に、「漢字表に掲げるすべての漢字を手書きできる必要はない」として、「鬱」などの難しい字が入ったことも話題になりました。

 常用漢字表は、ご存じのように「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための漢字使用の目安」とされ、かつての当用漢字表に比べると漢字制限の色合いは格段に薄くなっています。現在の私たちがふだんの文字生活でその存在を意識する機会はほとんど無いといってよいでしょう。
 しかし、公用文では漢字使用の基準となっているほか、報道各社が記事で使う漢字の範囲も、常用漢字表をベースに、一部調整を加える形で決めています。学校教育でも常用漢字表は漢字指導の目安になっており、中学校では「大体を読める」こと、高校では「読みに慣れ、主なものが書ける」ことが学習指導要領でうたわれています。国民共通の漢字使用のあり方を考えるうえでは、やはり中心的な存在といえます。

 では、5年前に2136字に増えた現行の常用漢字表は、戦後まもない当用漢字の時代に新聞社がそろえた活字のセットと比べるとどうなのか。このシリーズで紹介してきた、朝日新聞の社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」(第3版、1960年)が掲げる4000字と、現行の常用漢字とを突き合わせてみました。

■改定前までは、もちろん全て

 現行の常用漢字表に行く前に、前身である当用漢字表や1981年の常用漢字表と、書体帳4000字との関係を押さえておきたいと思います。

 書体帳が作成されたころ、新聞で使う漢字の範囲は当用漢字そのままではなく、1954年3月に国語審議会漢字部会がまとめた「当用漢字補正資料」を採用していました。「将来当用漢字表の補正を決定するさいの基本的な資料」として発表されたもので、当用漢字のうち28字の入れ替えと、「燈→灯」の字体変更が含まれていました。
 朝日新聞の書体帳もこの補正資料を反映させたうえで、当用漢字と表外漢字の区分を行っていました。ただし、補正資料で当用漢字から削ることとされた28字も、活字整備対象の4000字から外してしまうようなことはしませんでしたから、当用漢字のすべてが書体帳には含まれていました。

 書体帳が作られたのち、1981年に当用漢字表が衣替えする形で制定された先代の常用漢字表には、95字が追加(削除はなし)されました。補正資料の「28字入れ替え」とは異なる内容でしたが、補正資料で追加対象とされた28字はすべて95字に含まれており、また「燈→灯」の字体変更は補正資料が示した通りに行われたため、このときの常用漢字表は「『補正資料』適用後の当用漢字」を完全に含んだ集合となりました。
 「補正資料の追加28字」以外でこのとき追加された67字も、書体帳を見るとすべて入っています。

 ただ、書体帳の字体をよく見ると、当用漢字字体表や常用漢字表とは明らかに異なるものもありました。当用漢字では、御名御璽の「璽」という字の上部の「ハ」の部分の向きが「ソ」になった 写真・図版が、書体帳には掲げられていました。また、1981年の常用漢字表に追加された95字のうち、「挿」という字が 写真・図版という、旧字の「插」を少し略した形になっていました。いずれもその後、国が示した字体に修正しています。

■4000字に無かった「3文字」とは

 それでは、2010年に改定された現行の常用漢字表について見てみましょう。
 この改定では、1981年の常用漢字表1945字に対し、196字の追加と5字の削除が行われました。差し引き191字増えて計2136字となったわけです。
 このとき追加された漢字の字体は、人名用漢字の字体や、表外漢字字体表(2000年国語審答申)に示された字体が採用されました。後者の一部は、戦後の朝日新聞が使っていた略字体(いわゆる朝日字体)とは異なっていますが、ここではそうした字体方針の違いはわきにおき、「字種」についてその有無を見ることにします。

 2010年に追加された196字と、書体帳に掲げられた字とを上下に並べてみたのが、下の一覧です。漢字の並び順は、改定常用漢字表(答申)に示された追加字種一覧に従っています。また、常用漢字表と書体帳の字体差についてはこれまでの回でそれぞれ言及したので、ここでは詳しく述べないことにします。

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。