(左から1番目)スウェーデン・ダンデリード市の高級住宅街に暮らすペーテル・ファッレニウスさん。相続税廃止を「当然のこと」と語る
(左から2番目)ストックホルムの一等地に広がる高級住宅街。相続税廃止の恩恵を受ける金持ちたちが暮らす
(左から3番目)高級住宅街で知られるダンデリード市で記者が食べた昼食。ソーセージの塩辛さには参った
(左から4番目)スウェーデンの相続税廃止を決断した元財務相のペール・ヌーデルさん。「相続負担が重くなり、企業承継が難しくなっていた」と理由を挙げた=ストックホルム
いずれも橋田正城撮影
金持ち税を廃止した「福祉の国」 スウェーデン
お金持ちを悩ませる相続税や贈与税、資産にかかる富裕税をそっくり廃止してしまった国がある。「福祉国家」で知られるスウェーデンだ。
首都ストックホルムに近いダンデリード市の高級住宅街に住むペーテル・ファッレニウスさん(61)は、世界的な産業機械メーカー、ABB(本社・スイス)の副社長を務めた。当時は月収約25万クローナ(約275万円)。富裕税を払った。だが、2007年に富裕税は廃止。「当然だ」とファッレニウスさんはいう。「高額所得者が国外に出てしまえば、国の競争力が落ちる。無駄を省いて、もっと税金を下げるべきだ」
子どもは7人。04年に実現した相続税と贈与税廃止も歓迎だ。「ずっと高い税金を払ってきた。死んでも徴収されるのはたまらない。死ねばサービスは受けられない」
相続税と贈与税はなぜ廃止されたのか。当時の社会民主労働党政権の財務相だったペール・ヌーデルさん(49)は「中小企業では負担が重く、事業を引き継げない場合が多かった」と振り返る。相続税と贈与税が国の税収に占める割合も計約0.2%で、歳入に大穴があくほどではなかった。
産業界も廃止を働きかけた。経緯を聞くため経済団体のスウェーデン企業連盟を訪ねると、エコノミストのヨーハン・ファルさん(45)は、スウェーデン生まれの二つの国際企業を例に挙げて、税金が企業を国外に追いやる可能性を強調した。
おしゃれなデザインの家具で知られるイケア。現在、グループ持ち株会社はオランダにある。三角パックの紙容器を広めたテトラパックも本社はスイスだ。両社とも、創業家はスウェーデンを離れたとされる。
ファルさんはいう。「税金が理由で移転したのだろう。相続税は経済活動にブレーキをかける」
資本も資産も自由に世界を駆け回る。一方で税金は国ごとにかかる。ストックホルム大のペーテル・メルツ教授は「経済のグローバル化で資産を国外に移すのが簡単になり、金持ちから税金を取るのが難しくなっている」と話す。どうせ取れないなら、せめて逃げ出されないようにしよう。スウェーデンはそう割り切った。
実は相続税がない国は多い。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イタリア、スイスが廃止。英国も生前贈与を利用すれば実質的に相続税を払わなくて済む制度がある。米国は息子のブッシュ政権が税率をゼロにしたが、現政権は従来より低い税率で復活させた。中国やインド、タイなどにはそもそもない。
元国税庁長官の渡辺裕泰・早稲田大教授は「海外では、相続税は不公平な税と考えられている」と断言する。大金持ちは専門家に頼んで、把握が難しい金融資産に変えたり、国外に逃げ出したりする。払うのは大都市に土地を持つような中産階級や小金持ちだけ。「米国では、払いたい人が払う『ボランタリータックス(自発的な税金)』と揶揄(やゆ)される」