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2012年8月1日10時32分

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〈仕事のビタミン〉佐藤広士・神戸製鋼所社長:2

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佐藤広士(さとう・ひろし)1945年生まれ。大分県出身。九大大学院を修了し、70年に神戸製鋼所に入社。開発企画部長、技術開発本部長、専務、副社長などを経て、09年4月から社長に。高山顕治撮影

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神戸製鋼の7連覇を支えた平尾誠二(右)と大八木淳史

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日本選手権で7連覇を決め、スタンドの声援に応える神戸製鋼の選手たち=1995年1月15日、国立競技場で

■ラグビーにかける思い

 40歳を過ぎたころから、神戸製鋼灘浜グラウンド(神戸市東灘区)に、当社のラグビー部の練習を見に行くようになりました。自宅から自転車で10分ほどです。社長になってから通うのは難しくなりましたが、週末のささやかな楽しみでした。

 チーム名は「神戸製鋼コベルコスティーラーズ」。2005年に神戸製鋼ラグビー部から、愛称を入れた名称に変更しました。その歴史は古く、創部は1928年までさかのぼります。現在、ゼネラルマネジャー兼総監督をつとめる平尾誠二君らの活躍で、1995年に日本選手権7連覇を達成し、新日鉄釜石と並ぶ記録を樹立したことを、ご記憶のみなさんは多いと思います。

 残念ながら、最近は優勝から遠ざかっていますが、高校ラグビーや女子ラグビーの支援、ファンとの交流を通して、地元の神戸だけでなく、全国的に愛されているチームだと自負しています。

 2000年には平尾君が中心となり、ラグビーのクラブチームなどを運営するNPO法人を設立しました。運営や指導には元ラグビー部員である社員が専従で携わっています。中学生から社会人まで幅広い年齢層が所属するチームは、欧州型クラブチームを目指しています。

 地元神戸を中心にたくさんのファンに愛されているコベルコスティーラーズを抱え、高校ラグビーをサポートすることで裾野開拓・底辺拡大に貢献し、地域密着型のラグビークラブへも支援するなど、当社にとってラグビーは社会貢献活動なのです。

 ラグビー部の知名度は、社名の「神戸製鋼所」やグループブランドの「KOBELCO」を超えているかもしれません。神戸製鋼グループは、鉄、アルミ・銅、溶接、建設機械など、様々な事業を展開していますが、ラグビーはそれらを一堂に集める「旗」のような存在です。

 阪神・淡路大震災の影響や会社の経営方針から、野球部、バレーボール部、陸上部は残念ながら休部となりましたが、ラグビー部を残したのは、当社グループにとってかけがえのない存在だったからです。

◆無名選手の活躍に喜び

 ラグビーの練習風景を見るのが好きだったのは、各選手の普段の取り組みが手に取るようにわかるからです。ラグビーをやったことはありませんが、継続的に見ていると、それぞれの選手の姿勢や意気込みは素人にも伝わってきます。

 私にとっての最大の楽しみは、「地道に努力をしているなあ」と感心する選手たちが成長をして、実際の試合で活躍することを見届けることでした。

 大学時代から活躍している著名な選手もいますが、あまり知られていない選手が努力をして、レギュラーに昇格する。私はそれがうれしくてたまらないのです。泥まみれになって練習していた様子を思い出しながら、心の中で「がんばったね」とつぶやきます。

 前回の「植樹」の時にもお話ししましたが、スポーツ選手と樹木の成長は似ている点があります。樹木が急速に成長をすると年輪は粗くなります。同じように、パッと出た選手は長続きしないことがあります。やはり、コツコツと努力を重ね、時間をかけて成長した選手が精神力も含め強いと思います。

 また、ラグビーの試合運びは会社経営にも似ています。ラグビーは「連携」が重要なスポーツです。負けている試合を分析すると、フォワードとバックスの連携が取れていません。自分のポジションを超え、全体の連携を考えて自分の役割が何かを瞬時に考えて動くことが勝利につながります。

 チーム全員が考えながらプレーする神戸製鋼のラグビーは「変幻自在」「アドリブラグビー」などと呼ばれていました。相手の空いているスペースにボールを運び、自由に陣形を崩すスタイルです。

 会社でいえば、企画、開発、製造、営業がばらばらに動いて、自分の領域に閉じこもっていると、高い成果は期待できません。開発担当者が営業と一緒に顧客に説明に行ったり、営業が企画と次の商品を発案したり。組織の垣根を越えた会社こそがグローバル競争に勝利します。

◆心優しき男たち

 1995年1月17日。ラグビー部が日本選手権7連覇を達成した2日後に、阪神淡路大震災が起きました。グラウンドは液状化し、修復までに約9カ月かかりました。震災の影響もあってか、翌年、新記録となる8連覇の夢はかないませんでした。

 しかし、ラグビー部の選手たちは、震災から2カ月後の3月には、子供向けのラグビー教室を開催しました。自分たちも被災しながら、「被災した子供や地域の人たちを元気づけよう」という心意気に打たれました。地元神戸という地域、ファンと共に生きていく姿勢がチームには息づいています。

 今年の6月2日と3日、コベルコスティーラーズは、釜石シーウェイブス(前身は新日鉄釜石)と岩手県で被災地支援活動を実施しました。大震災と7連覇を経験したライバルが「復興のために何かをしたい」と手を携えたのです。がれき清掃や合同練習会、小・中・高校生らが参加するラグビー教室などを行いました。

 スポーツは勝つことだけが目的ではありません。体と体をぶつけ合い、自分を犠牲にしてもボールを生かし仲間につなぐラグビーという競技には、人間を慈しむ心が育まれるのではないでしょうか。私たちが若い世代にラグビーに挑戦してほしいと思う大きな理由です。

 コベルコスティーラーズの練習場にあるクラブハウスには、入り口のドアにこんな言葉が刻まれています。「Bodies of Steel, Hearts of Gold. We Call Them "Steelers".(鋼の体をした、心優しき男たち。それがスティーラーズである)」(聞き手・古屋聡一)

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