多様なルーツ、共に生きるため 朝日新聞あすへの報道審議会

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 少子化による人手不足を背景に、在留外国人数は昨年6月末時点で過去最高の322万人になりました。多様なルーツをもつ人たちとどう共生していくべきか。メディアの役割は。朝日新聞が3月2日に開いた「あすへの報道審議会」でパブリックエディター(PE)と読者、記者らが話し合いました。

 <パブリックエディター>

 ◇今村久美(いまむらくみ)さん 認定NPO法人カタリバ代表理事。対話を通じた公教育改革を実践。1979年生まれ

 ◇佐藤信(さとうしん)さん 東京都立大准教授。専門は現代日本政治、日本政治外交史。1988年生まれ

 ◇藤村厚夫(ふじむらあつお)さん スマートニュース社フェロー。IT系の編集者や経営者を経験。1954年生まれ

 ◇岡本峰子(おかもとみねこ) 朝日新聞社員。編集局長補佐、仙台総局長を経験。1967年生まれ

 ■日本語の壁、社会に踏み出せぬ・就職「見えない課題」 読者/認知度に差、記事の見せ方重要 佐藤PE/地域任せの現状、国を動かして 今村PE

 海東英雄・PE事務局長 朝日新聞は企画「多民社会」などでさまざまな課題を伝えてきた。読者のみなさんの問題意識は。

 工藤修一さん(読者) 栃木県で日本語教室のボランティアをしている。会社員時代、赴任先の中国で経験した「地域に認められる幸せ」を来日した方にも味わってほしい。だが、やはり「日本語の壁」は高く、日本社会に一歩踏み出せない人は多い。就職がままならないだけではなく、市役所の手続きも難しい日本語ばかり。受け入れ態勢をもっと整えるべきだ。

 池田友理さん(読者) 都内の日本語学校で教えながら、就職サポートもしている。日本語の壁に加え、就職活動の振る舞いや段取りが分からないなど「見えない課題」もある。外国人を必要とする企業は増えていると感じるが、外国人材に関する基本的な情報が企業に届いていないと思う。

 井川令那さん(読者) 父が岐阜県で営む縫製工場で技能実習生を受け入れ、さまざまな方と知り合った。病気で手術をした人が有給休暇をとれただけですごく感謝してくれたり、他の職場から移ってきた人が笑顔を取り戻したりしたことも。適切な労務管理や人間関係ができていない企業がまだまだあるということかな、と感じた。

 岡田玄・オピニオン編集部記者 問題やひずみは中心ではなく、まず周縁に現れる。その意味で、「外国人の問題は日本人には関係ない」と線引きはできない。外国人労働はまさにそうで、残業代未払いや労災申請などは、日本人も含めた労働問題につながっている。問題が指摘される技能実習制度も、適切に運用している職場もある。ビジネスの世界でも人権重視の流れが生まれており、実習生の権利を守っている企業では受注する仕事が増えている。

 佐藤信PE 国内でも「内なるグローバル化」が進み、学校のクラスに外国ルーツの人がいるのはふつうになった。一方、読者には「身近に感じられない」という方がたくさんいる。認知度や依存度は地域や業界によって極めて大きな差があるので「この記事の話は全体像のここに位置づけられる」といった見せ方が重要だ。

 山本知佳・東京社会部記者 外国ルーツの生徒を就業体験で受け入れた企業の方が「そういえば、うちの子のクラスに外国ルーツの子がいた」「コンビニの店員さんにも」と、身近な存在だったと気づくようになったという話を取材で聞き、「あ、いるのに見えていないだけなんだ」と思った。

 今村久美PE 共生社会を実現しよう、というより、すでに共生社会を生きているという自覚が重要だろう。国は「移民政策はとらない」と言いつつ「外国人材の活用を推進する」として、結局、「自治体で何とかして」と地域任せにしている状態だ。各省庁の施策を引き出すため、多文化共生のための基本法が必要ではないか。メディアは国の政策を動かす提言をもっと発信すべきだ。

 藤村厚夫PE ゴミ出し一つとっても、「このへんではそういう出し方はしないんですよ」って言い合える関係をつくるのは日本人同士でもけっこう難しい。共生って、お題目を唱えてできることではなく、時間をかけて慣れていくしかないのかなと思う。そうした経験のある方の話をいろいろ聞き、納得しながら考えていきたい。

 岡田記者 その典型が群馬県大泉町だ。1990年ごろから自動車工場などで働く日系ブラジル人が増え、いまでは町の人口の2割が外国籍になった。多くの住民が外国ルーツの人に慣れており、子どものころから一緒に育ったという人も少なくない。言葉だけではない伝え方やつきあい方を知っている。相手の出身国がベトナムネパールに変わっても対応できる。ウクライナからの避難民が来日した際も、外国人の受け入れ経験がある自治体はうまく対応できたという話を聞き、自治体にとっても住民にとっても、慣れることは大事なんだなと感じる。

 浅倉拓也・大阪社会部記者 慣れることに加え、教えていくという部分も必要ではないか。取材をしていると、学校で壮絶ないじめにあったけれど先生は注意してくれなかった、という話をよく聞く。地域の役所は「多文化共生」を掲げたがるが、学校でその意義をきっちり伝えられているだろうか。

 ■分断防止へ、先を見通す姿勢を 藤村PE/事件以外に、素敵な話も報じて 読者/立場違う人集まる、対話の場を 岡本PE

 藤村PE 海外から多くの人を受け入れるかどうかをめぐり、世界中で激しい分断や火花を散らすような紛争が起きている。日本で分断・対立が先鋭化されないうちにどう対応すべきか。そこで必要なのは、イデオロギーに傾いた論調ではなく、抑制的、客観的に現象を読み解き、先を見通していく報道姿勢だ。どう分断を防ごうとしているのか、といった海外の建設的な事例も読みたい。

 稲田信司ゼネラルエディター補佐 「外国人と日本人」というテーマは対立が先鋭化しやすい論点だからこそ、人びとの不満に根差したポピュリズムに利用されないよう気をつけている。そうした対立に巻き込まれないようにリアルな現場のファクトを積み重ね、必ずしも共生社会に共鳴しない人たちが読んでも「そういうことか」と腑(ふ)に落ちて、分断を橋渡しできるような企画を続けていきたい。

 池田さん 分断が起きるのは日本人がラベルを貼るから、という側面もある。さっき「共生に気づかない」状態が話題になったが、分断を乗り越え、「気づかない」のが当たり前すぎて意識しない状態になるのが最終的なゴールかもしれない。

 工藤さん 5歳と2歳の孫が大人になったとき、外国の人が隣にいてふつうに仲良くしてくれたら。ぼくの理想だ。

 井川さん 労働者である前に同じ人間だととらえ、互いにいい関係をつくることが大事だと思う。メディアは外国ルーツの人に関わる事件だけではなく、もっと素敵な話が日本中にあることも忘れず報じてほしい。

 佐藤PE コンビニで働いている外国ルーツの方を見ても、どういう在留資格で働いていて、どういう暮らしを送っているのかは知らない。その実像を伝えることで、外国人が身近で生活していることを理解できる。そういう多様性をちゃんと伝えることはとても大事。また、ポジティブな面にももっと光をあててほしい。とりわけ高度外国人材や、将来、日本で活躍してくれそうな大学や大学院の留学生などに関する報道は手薄になっている。日本人も外国人も流暢(りゅうちょう)に多言語で共生している例も多い。

 藤村PE 実践的な知恵を、難しい言葉を使わずに共有してほしい。新聞は書き言葉で伝えるが、ぼくらは話し言葉で生きていて、その乖離(かいり)がものすごく大きくなっている。言葉を短くつづめて漢字を多用しても、伝わらない。「いかに生活に近いところに言葉を届かせるか」という問題意識を持ってもらえれば、いろんなところからいい話が聞こえてくる気がする。

 今村PE 関係者だけで議論するのでなく、著名人も招いた「対話の場」を開くなど関心の輪を広げる工夫を期待する。「こうしたら外国人とうまくコミュニケーションできた」みたいな事例も集めては。「ヤングケアラー」という言葉とともに家族の世話に追われる子ども・若者の問題が知られたように、この分野でもとっつきやすいキーワードを編み出し、多くの人を巻き込んでほしい。

 岡本峰子PE 「対話の場」は重要。意見掲載にとどまらず、落ち着いて議論する場を提供できないか。立場の違う人たちが集まり、リアルでもオンラインでも、わいわい話すフォーラム機能を充実させたい。朝日新聞の報道がその起点になれば理想的だ。そのためには、新聞社も多様性を体現していないと信頼されない。出身や性別、年代など様々な指標で多様性が目に見えてわかる組織になることが必要だろう。

 宮田喜好・執行役員編集担当 言語やルーツが違っても日本で暮らす同じ人間、という当たり前の意識を誰もがもつために、何ができるかを考え続けねばならないと再認識した。事実を掘り下げ偏りなく伝える、見えない課題を可視化するといったジャーナリズムをこれまで以上に実践するとともに、「やさしい日本語」で伝えることも、ITの力も借りるなどして進めていきたい。ひとりひとりが希望を持てる未来のために報道機関としてできること、やるべきことはたくさんある。力を尽くしていきたい。

 (司会は海東事務局長)

 ◆パブリックエディター(PE)

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