(フォーラム)大学スポーツを考える:2 対策は

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 日本大学アメリカンフットボール部の違法薬物事件をはじめ、大学スポーツ界で不祥事が相次いでいます。その背景には何があり、どうしたら防げるのでしょうか。専門家のインタビューや大学の取り組みとともに、解決策について考えます。

 ■退部させず、再チャレンジする機会を 米ジョージア工科大学の元体育局長、ホーマー・ライスさん

 大学スポーツが盛んな米国では、どう対処してきたのでしょうか。選手の人格教育や体育会の改革を手がけてきたジョージア工科大学の元体育局長、ホーマー・ライスさん(97)に聞きました。

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 米国の学生選手も多くの課題を抱えています。大きな重圧が精神的な疲労やうつ病燃え尽き症候群につながり、不安やけがの痛みを和らげるために、薬物や大麻に手を出すこともあります。

 日大では、複数の選手が違法薬物を使用し、監督やコーチ陣が問題を認識していながら、対処しなかったようですね。私見としては、大学は問題を解決するまでの間、部を一時活動停止にし、使用した選手に出場停止処分を科すことがあってもいいと思います。

 全米大学体育協会(NCAA)に加盟するほとんどの大学には、選手やコーチの行動を監視するためのコンプライアンスオフィサーがいます。選手はルールに従うことを約束し、奨学金を得る趣意書にサインをしており、大学には処分をする権限があります。

 ただ、米国では多くの場合、法的問題は法的機関に委ねます。その結果を待つ間、選手が出場停止になることも、出場を続けることもあります。

 違法行為や薬物使用をした選手を退部させたことはありません。特に学生に対して、セカンドチャンスを与えるようにしてきました。重い処罰を求める声があっても、チームに戻した結果、その選手は卒業後にプロとして、引退後は経営者として成功しました。

 学生選手や引退した選手が、無知によって家庭や人生を崩壊させているのを見てきました。人は、25歳までに人生に必要なスキルを身につけなければならないと感じました。そこで1980年代に、ジョージア工科大学で、学生のバランスの良い成長のためにプログラムをつくりました。

 学業を最重要視して、各部に最低1人の学業コーチをつけました。練習や試合出場のための学業基準を設け、時間管理術や、暴力・性暴力を防ぐ方法などについて学ぶ時間を設けました。社会貢献活動を課し、地域の人との交流も促しました。今では全米の大学に「CHAMPS」という名のプログラムとして広がっています。

 若者は間違いを犯すものです。良い方向に導くために支える仕組みが必要なのはもちろん、悔い改め、再チャレンジする機会を与えることも必要だと考えています。(聞き手・後藤太輔

 ■過剰なストレスの弊害、対処法学んで 応用神経科学者・青砥瑞人さん

 なぜ問題とされる行動を学生アスリートは起こしてしまうのか。脳神経科学を教育などの分野へ応用する研究、コンサルティングを行っている「ダンシング・アインシュタイン」の青砥瑞人代表(38)に聞きました。

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 多くの要因がからんでいて単純ではないと思いますが、脳の影響も無視できないので、その点から考えてみます。

 まず、不祥事を起こしてしまった方々には、多大なストレスがのしかかっていた可能性が高いと思います。過剰なストレスがかかると、脳は心理的危険状態になり、前頭前皮質の機能が働きにくくなってしまいます。感情を抑制し、不適切な行動を抑えるブレーキ役を担う部位です。冷静なときには「やっちゃいけない」とわかっているようなことをしてしまうのは、そのためです。

 一方で、ストレス自体は悪いものではありません。私たちを成長させ、パフォーマンスを高めてくれます。特に大学生は、前頭前皮質の成長の最終段階にあります。悩んで、自分で決めて行動することで脳は育まれます。自分自身の人生や成長について葛藤することはウェルカムです。

 ポイントは、アスリート一人ひとりが「いい」ストレスに集中できる環境を整えること。そして、「何かあったら支える。だから相談してね」と言ってくれる安心できる存在がおり、ストレスが過剰になっていないか、周りが観察しながら支えていくこと。このようなことが大事になると思います。

 一方で、不要な「悪い」ストレスも存在します。体罰、嫌がらせ、第三者によるSNSでの発言などです。脳がこれらを気にすると、「いいストレス」に集中しにくくなります。また、指導者が「こうした方がいい」とトップダウンで繰り返し、アスリートを思考停止にしてしまうことも、脳の成長にはつながりません。

 いまはストレスの仕組みやマネジメントの仕方については、科学的な提言が積み上がっている時代です。専門家にも頼りながら、学ぶことでとらえ方は大きく変わっていきます。体内のストレスとうまく付き合い、脳の成長に生かすことは、結果として不祥事の発生確率を低めることにもつながると思います。チーム・組織も、監督も選手も、しっかり学んで、アップデートし、共通認識として持っていることが重要です。(聞き手・内田快)

 ■不祥事防ぐために 選手・外部の声を聞き、運営見直し/学業も重視

 運動部の不祥事を防ぐための取り組みも各大学で始まっている。

 近畿大の一部の運動部では、2021年から第三者の評価を元に部のあり方を考える「スポーツチームアセスメント」を行って組織作りにつなげている。近大スポーツ振興センターの石崎重之・事務長は「運動部で生じているギャップを目視し、組織を内面から見つめ直すことができる」と話す。

 日本スポーツチームアセスメント協会による匿名アンケートが行われ、「練習量は適当か」「パワハラを見たり、受けたりしたことは」など、指導者や他の選手との関係性、組織への満足度などについて部員に様々な質問をする。

 協会スタッフは練習の様子も視察し、部の強みや弱みを講義の形でフィードバック。言語化されていなかったもやもやが浮かび、部員が感想や改善方法を考えて発言する時間を作る。同協会の菊池教泰・代表理事は「一般企業のように、外部の目線を不祥事の抑止力とし、指導者と学生がともによりよい組織を作ろうと成長する足がかりにしてほしい」と語る。

 スポーツ優先で学業が軽視されがちだと指摘されるなか、運動部学生を対象に最低取得単位を定め、学業との両立を重視する大学も増えている。立教大は08年から、アスリート選抜入試の入学者に対して年2回、単位取得状況などを確認し、懸念のある学生をリストアップ。基準を満たさない学生は教員が面談し、改善を促す。

 現在、一般入試で入った学生と留年率は変わらないという。同大で体育会を担当する西澤朋泰課長は「アスリート選抜入試の入学者がきちんと単位をとっていることで、一般入試で入った学生の学業への意識醸成にもつながっている」と、取り組みの効果を話す。(平田瑛美、編集委員・中小路徹

 ■2軍扱いで意欲減、影響?/競技うまければ許される空気

 アンケートでは、「学業軽視」や「勝利至上主義」を問題視する回答が多く寄せられました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/195/で読むことができます。

 ●部員数が過度では 私立大学はスポーツ推薦のような形式で過度に部員数を獲得しているように思います。一部の部員はクラブ内でも2軍・3軍のような扱いを受け続けると、自己肯定感が減退し、競技への意欲がそがれていってしまうというのが原因の一つではないでしょうか。(大阪、男性、30代)

 ●強くなることしか学ばない 中学校から越境入学などスポーツ強豪校へ進学する生徒がいます。大学もその延長線上にあり、不祥事が起きるのは中学時代から強くなることしか学ばないツケだと思います。(徳島、女性、50代)

 ●単位をもっと厳しく 大学での単位をもっと厳しくして中途半端では卒業認定できないようにし、それを社会が受け入れるようにした方がよいと思います。(沖縄、男性、50代)

 ●学校の売名、見直しを 私が通っていた大学の併設校は甲子園常連校で、野球部に入っていればだいたい大学まで進めます。ただ、大学ってスポーツをするところですか? 勉学に力を入れるところです。学校法人(私学)の名前を売るためのあり方は、見直していく必要があると思います。(北海道、男性、40代)

 ●うまければ許される? 私自身もスポーツ経験がありますが、体育会系はたとえ人間的に問題があっても、その競技さえうまければ全て許されるような空気があるように思います。まずはそこから変えていかなければいけないと感じます。いくら競技で優秀でも、法を犯すようなことは絶対にあってはならないこと。(兵庫、30代)

 ●本音の回答を なぜそうなったのか、学生たちに本音で回答してもらい、課題をみんなで考えて改善するためにはどうしたらいいか考え、関わっているみなさんで解決してほしい。(東京、女性、40代)

 ●社会側が変わる必要 大学生を受け止めていく社会側が変わる必要がある。心技体そろった学生を採ることを社会人の団体がPRしていくことによって、徐々に学生側の価値観も変えられないものか。体育会学生が一般企業を受ける際には、技術や知名度は評価されない。「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)が「競技です」だけでは、100点にならない配点を検討したい。(神奈川、男性、40代)

 ◇アンケート「当世クラス替え事情」「どうする? 8がけ社会」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇来週3月3日は「どうする? 8がけ社会」を掲載します。

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