(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)記者の技、他流試合で磨こう 河野通和

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 とっつきやすく、読みやすく、わかりやすい記事や紙面をどう作るか。朝日新聞では、過去に何度か紙面刷新の検討が行われてきました。最近の例としては、2011年7月から翌12年4月まで、当時主筆の若宮啓文さん(故人)を座長として行われた「わかりやすい紙面研究会」があります。成果は「さらば昭和の新聞」というタイトルの冊子にまとめられ、ちょうど7年前の9月に社内資料として配布されました。

 池上彰さんや、落語家桂吉弥さんを呼んでワークショップを開き、「問題記事」を具体的に取り上げてリライト例を議論するなど、実践的な内容です。文章やレイアウトに関する七つの提言は「新聞のいま」を確認する意味でも、なお有効だと思われます。

 (1)すらすら読める記事を、(2)前文は10行以内を原則に、(3)漢字は1~2割ほど減らす、(4)やさしい解説コラムをふやそう、(5)見出しでもっと引きつけよう、(6)写真やイラストを思い切って、(7)最終版まで「わかりやすさ」の点検を――。

 照らし合わせると、この間に紙面がずいぶん読みやすくなったことがわかります。しかし、デジタル化の大波の前には、この研究会があえて目標に掲げた「大学生に読まれる」は未達のままで、ますます実現の機会は遠のいているかのようです。

 かと言って、読みやすさ、親しみやすさを求める方向に間違いはありません。新聞社の作る記事を若い人に届けたいという狙いを変える必要もありません。では、どういう工夫や努力がさらに必要なのか。「令和の新聞」を切り開くには、何が手がかりになるのだろうか。何人かの方に話を聞きました。

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 デジタル編集部の若松真平さん。スマホ世代に向けたニュースサイト「withnews」の記者として、ユニークユーザー(読者の実人数)1億5千万超を達成しました。あらゆる情報がニュースとして横並びになるネット空間で、新聞社のコンテンツの強みは何か、といえば、「取材力です」と明快な答え。「広く張り巡らされた取材のネットワークと、専門のトレーニングを受けた記者の取材力です」と。

 ただし、記事がバラ売り状態のウェブ世界で、その価値を読者にいかに見いだしてもらうか。素材の選び方、切り口、調理法、食欲をそそる見出し、ビジュアル等々を工夫した上で、取材の深さ、文体の魅力で、「withnews」発のコンテンツ力を読者に強く印象づけるしかないだろう、と語ります。

 話を聞きながら、従来の新聞記事が記者の「日誌」「日報」「日記」だとするならば、若松さんの記事は、誰か特定の人に向けて届けられる「手紙」のイメージだと思いました。伝えたい思いをのせ、今しか書けないことを深掘りし、心に響く文章に仕立てるプロの技だと感じました。ひと言で言うなら、客を呼べる「おもしろさ」です。

 朝日小学生新聞で「天声人語」の子ども版――「天声こども語」を書いている一色清さん(教育総合本部教育コーディネーター)にも話を伺いました。小学校中高学年に向けた374字のコラム。時事問題をいかに簡潔に、やさしく書くかがポイントです。いまの日韓問題、香港デモなど、実例を読みました。「厳密さを追えばキリがない。基本的な幹のところを押さえて、いかにわかりやすく、しっかり書くか。主張を押しつけるのではなく、問いかける形にすることも心がけています」と。

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 聞いて思い出したのは、先の冊子で池上さんが「記者はベテラン教授をめざせ」と語っていることです。大学の学部生は知識が中途半端なので、乱暴で粗い説明になる。大学院生は勉強が深まったぶん、複雑でわかりにくい話をする。ところが、ベテラン教授になれば全体がよくわかっているので、枝葉をそぎ落とし、要点を簡潔にわかりやすく説明できる、というのです。

 池上さんからは別の言い方を聞いたこともあります。「勉強する時に一番効率がいいのは、『これを誰かに教えよう』と思うことだ。おもしろいし、頭にすっと定着する」。そして「子どもにわかるようにと心がけると、結果的に大人からも歓迎される。あやふやだった理解が、あれ? 俺知らなかった、となる」。

 「しつもん! ドラえもん」「ののちゃんのDO科学」「いちからわかる!」などは、「実はよくわかっていないことを説明してくれるのでありがたい」「図解があってわかりやすく、記事の理解が深まる」という読者の反応を見ても、大人によく読まれていることが明らかです。そして、あの欄を担当する記者は、誰に向けて記事を書くのか、いやでも自分に問いかけます。

 子ども向けの記事、ネット記事……。他流試合の場数を踏むことで、新聞記者の強みを生かす知恵と技が磨かれます。読者としては、新聞を読む楽しみの幅が広がります。

 ◆こうの・みちかず ほぼ日の学校長、編集者。1953年生まれ。「婦人公論」「中央公論」「考える人」の元編集長。

 ◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える

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