(ルポ現在地 2019参院選:3)公文書 記録なし、霧かかる首相の面談=訂正・おわびあり

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 首相官邸に出入りする際、取材用に登録している記者のIDカードを受付係に読み取ってもらうと、電子音が鳴って通過を認められる。私の入構記録はどう処理されているのだろうか。内閣総務官室に確認すると「セキュリティーの関係なので、お答えを差し控える」との回答だった。

 気になっていた言葉がある。2017年6月、当時取材していた加計(かけ)学園問題で、萩生田光一官房副長官(当時)がこう述べた。

 「訪問者の記録が保存されていない」「公文書管理法の規定に基づいて遅滞なく廃棄している」。愛媛県今治市国家戦略特区に指定される半年以上前の15年4月に、同市職員らが首相官邸を訪問したとの記録が同市の行政文書にあり、官邸側の記録の有無について答えたものだ。

 モヤモヤが残った私は、そもそも官邸にはどれだけの来訪者があるのか調べることにした。7月2日、安倍晋三首相が入邸した午前9時半ごろから、退邸する午後6時半ごろまで、同僚記者の協力を得ながら首相官邸のエントランスホールに立ち数取り器で数えた。安全功労者表彰式の参加者も含め、結果は360人だった。

 国会閉会中で、来客数は普段より少ない印象だ。参院選の公示日を2日後に控え、首相は党本部での打ち合わせと政見放送の収録で計3時間半ほど官邸を空け、菅義偉官房長官も選挙応援で午後2時過ぎから不在だった影響もあるだろう。

 エントランスで来客を見つけると、各社の総理番記者が面会相手を確認する。取材に答えない人もいるし、全員が首相や官房長官の客とは限らない。官邸では警備や出入り業者も含め1日数百人が働いている。出入り口は複数あり、記者が完全に出入りを把握できるわけでもない。翌3日付朝日新聞朝刊の「首相動静」に掲載した官邸での首相との面会者は、山本順三防災担当相や北村滋内閣情報官ら5人だった。

 官邸を訪れる官僚たちは、安倍首相菅官房長官らに外交や政策の報告を行い、意見を仰ぐ。国の意思決定過程そのものだ。ところが今年6月、首相が官邸で省庁幹部と面談した際の打ち合わせ内容の記録は、官邸では作成していないことが明らかになった。

 菅氏は「当該政策を所管する省庁の立場から、説明報告を行う各行政機関において必要に応じて作成・保存される」と説明。公文書の運用方針をまとめたガイドラインにも反しないとの認識だ。つまりは、説明に来る省庁が記録を残せばよく、官邸が残す必要はないというのだ。

 公文書管理法第1条は、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づける。そのうえで文書管理の目的を「行政が適正かつ効率的に運営されるようにする」「現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」とうたう。

 だが、例えば私が来客を数えた2日の場合、残り355人のうち、何人が首相と会い、何を話したのかわからない。記録が残っているのか、いないのかすらもだ。まさに「ブラックボックス」というのが実態で、法律の趣旨は果たして担保されているのだろうか。

 ■残すこと、歴史への責務

 記録を残すことの意義を探るため、私は東京都千代田区国立公文書館を訪れた。2階の閲覧室で求めたのは、安倍首相の大叔父である佐藤栄作元首相の日記だ。同館によると、佐藤の日記は計40冊保管され、コピーは閲覧できるが原本は非公開となっている。

 佐藤は、首相在任日数2798日で戦後1位を誇り、日記はその全期間をカバーしている。各国首脳との会談や沖縄返還交渉の舞台裏、与野党幹部との接触なども記されており、戦後史の検証に大きく寄与した。

 大叔父の日記が物語るように、民主社会においてトップリーダーの言動を記録しておくことは、歴史に対する責務でもある。公文書の取り扱いについて、歴代政権と安倍政権で大きな違いはないというが、安倍首相は、このまま続けば今年8月に通算在任日数が佐藤を超え戦後最長に、来年8月には連続在任日数も佐藤を超えて歴代最長となる。ガイドライン改定に携わった元公文書管理委員会委員長代理の三宅弘弁護士は、「歴史に残る首相だからこそ、せめて官邸内での面談記録は公文書として残すべきだ」と主張する。

 米国は、ウォーターゲート事件でニクソン大統領が記録破壊を行ったことを受け、1978年に大統領記録法を制定した。ホワイトハウスの公務で作成される文書は全て政府公文書となり、退任後に建てる大統領図書館に保存。手書きのメモや下書きも対象で、秘密指定を解除されたものは閲覧できるようになった。

 三宅氏は「30年後の公開でもいい。初めから記録を残さないという態度では、臭いものにふたをしていると疑われるだけだ」と話す。

 安倍政権下で起きた公文書問題とは、政府の信頼の証しであるはずの公文書を官僚が改ざんし、廃棄するという前代未聞の出来事だった。それは政治への信頼を揺るがす事態となった。

 官僚が首相の国会答弁に合わせるかのように公文書を改ざんし、財務省近畿財務局の職員が自殺する――。「歴史は戦争の勝者が書き換える」とはいうが、現代日本でこんなことが起こるのかと目を疑った。

 参院選は、改ざん発覚以後、初の本格的な国政選挙だ。安倍首相は今月3日の党首討論会で、「公文書の改ざんがあった。行政府の長として大変申し訳ないと思っているし、その再発は防止をしていかなければならない」と述べた。だが、自民党の参院選公約集には公文書の取り扱いについての記載は一切ない。8日時点で、首相は街頭演説でも一言も触れていない。

     ◇

 星野典久 43歳。政治部官邸サブキャップ。特別報道部に所属していた2年前、加計学園問題を取材。

 <訂正して、おわびします>

 ▼9日付総合3面「ルポ現在地2019参院選(3)公文書」の記事で、公文書管理法第1条の文書管理の目的を説明したくだりに「行政が適正かつ公立的に運営されるようにする」とあるのは、「行政が適正かつ効率的に運営されるようにする」の誤りでした。

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