原爆投下はなぜ不正か 米哲学者が向き合った「正しい戦争のルール」

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聞き手 編集委員・塩倉裕
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 広島と長崎への原爆投下は不正だったとする論考を米国で発表した哲学者がいた。20世紀後半最大の政治哲学者と言われる故ジョン・ロールズだ。論考を邦訳したのは広島出身の社会倫理学者、川本隆史さんだった。あのとき、ロールズは「原爆投下はなぜ不正なのか」を考え、川本さんは自身の思考停止に気づかされた。戦争下での一般市民の虐殺が相次ぎ、核抑止を求める声も高まる今、哲学者が発した「問い」に改めて向き合う作業が求められている、と川本さんは語る。

原爆を正当視する米世論へ、勇気ある異議

 ――米国の哲学者ジョン・ロールズ(1921~2002)の論考「原爆投下はなぜ不正なのか?」が邦訳されたのは、今から27年前でした。月刊誌「世界」の96年2月号でそれを読んだときに私は、著名な知識人が自分の国による原爆投下を「不正」だったと断じる姿に衝撃を受けました。あのとき、なぜ翻訳しようと思ったのですか。

 「目を開かれたからです。論考は硬派のオピニオン誌『ディセント(異論)』95年夏号に掲載されました。きっかけは当時米国内を揺るがしていた、原爆投下の是非をめぐる激しい論争です。米国立スミソニアン航空宇宙博物館が戦後50年を機に原爆の被爆資料を含めた展示を企画し、それに憤った退役軍人や保守派が猛反発して、企画が中止に追い込まれたのです」

 「米国では多くの人が、広島と長崎への原爆投下は『正しかった』『やむを得なかった』と今も考えています。日本との戦争終結を早め、多くの米兵の命を救ったとされているのです。退役軍人は、原爆投下の正当性を疑うのは太平洋戦争を戦った米軍兵士への侮辱に等しいと訴えました。ロールズはそうした世論の大勢に異議を申し立てたのです。勇気ある発言でした」

 ――ロールズは、20世紀後半の最も重要な政治哲学者とも言われる大きな存在でしたね。有名な71年の主著「正義論」は、正義にかなう社会が満たすべき条件とは何なのかを根底から考え、提示した本でした。

 「すべての人が平等な自由を享受し、機会の平等が実現され、最も不遇な人々の暮らし向きが改善される。それらの条件を満たす制度こそが正義にかなうものだとロールズは主張しました。私がロールズ研究の道に入ったのは、最も不遇な人々への配慮が不可欠だと訴える彼の姿勢に心を打たれたからです」

 「ロールズは社会の正義を生涯探究し続けた人ですが、哲学研究者としてのスタンスを守り、現実の政治的問題について時評的な発言をすることは控えていました。その意味で『原爆投下はなぜ不正なのか?』の寄稿は、異例の行動でした」

戦争が正義にかなう「六つの原理」

 ――ロールズは、どのような論理によって原爆投下を不正だったと結論づけたのでしょう。

 「西洋では古代や中世から『…

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