「自民1強」に連なる安倍政権との蜜月 松井一郎氏が夢見た都構想

有料記事アナザーノート

ネットワーク報道本部次長・池尻和生
写真・図版
[PR]

アナザーノート 池尻和生記者

 あの日から、前大阪市長松井一郎氏の政治家としての人生は、大きく流転しました。

 2011年10月2日深夜。秋風の中、私は松井氏の帰宅を待っていました。当時、松井氏は大阪府議3期目で47歳。地域政党大阪維新の会」の幹事長でした。大阪市をなくして複数の特別区に再編する「大阪都構想」を掲げ、橋下徹知事をトップに10年4月に結成した党の中心メンバーです。

 この頃、大阪政界の最大の焦点は、維新が知事候補に誰を立てるか、でした。

ニュースレター「アナザーノート」

アナザーノートは、紙面やデジタルでは公開していないオリジナル記事をメールで先行配信する新たなスタイルのニュースレターです。レター未登録の方は文末のリンクから登録できます。

 というのは、11年11月に知事・大阪市長の大阪ダブル選の実施が見込まれていたのです。知事の橋下氏は、当時の大阪市長と対立が激化。任期満了に伴う市長選に合わせて知事を辞職し、自ら市長選にくら替えしてダブル選を仕掛ける流れが既定路線となっていました。

 しかし、橋下氏とタッグを組む相手がなかなかわからない。

 市長選が近づくなか、私は取材の過程で橋下氏の「意中の人」は松井氏であると知りました。そしてこの日の夜、松井氏は橋下氏と初めて2人だけで食事をし、知事選出馬を打診されていたのです。

 要請を受け入れ、交わした酒で顔を火照らせていた松井氏。私を見つけた時、目を見開いて驚いていたのを鮮明に覚えています。

 橋下氏が松井氏に出馬を要請したことを報じる記事は、翌日の朝刊に掲載されました。その日以来、松井氏は国政も含めた政局の渦に身を投じることになります。

 あれから10年余り。

 知事や大阪市長を歴任した松井氏は、20年11月に実施された2度目となる都構想住民投票の否決を受け、今年4月の市長任期の満了をもって政界を去りました。

「1強多弱」の要因にも

 松井氏は、けんかっ早い「こわもて」で知られる一方、党内のメンバーから「親分」と慕われ、党の「重し」となってきました。

 この間、約30人の地方議員から始まった維新の勢力を大きく伸ばしました。今春の統一地方選前までに府内で247人に拡大。12年には国政政党「日本維新の会」を設立し、代表や幹事長を務めました。党の分裂など浮き沈みがあったものの、衆参の国会議員61人を抱え一定の勢力を保っています。

 日本維新は、地方分権の「具現化」として、党本部を大阪に構え、国会議員と地方議員の力関係を並列にするという、ほかの政党とは異なる試みでも知られます。

 しかし、維新が国政に進出し…

この記事は有料記事です。残り1715文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

  • commentatorHeader
    曽我豪
    (朝日新聞編集委員=政党政治、教育改革)
    2023年4月21日16時24分 投稿
    【視点】

    個人的にも、いろんな疑問や問題点が整理できた記事でした。そういうことだったか、という感じです。 やはり、政治は人が動かすものだと実感します。立役者の視点を通じ、維新という政党の現在地がよくわかりました。全国化というスローガンで見えなくなる

    …続きを読む
  • commentatorHeader
    星野典久
    (朝日新聞政治部次長)
    2023年4月22日1時1分 投稿
    【視点】

    この記事を読み、未明に思わずPCを立ち上げてしまいました。「あの総裁選に負けていたら、維新に行っていたかもしれない」。菅氏がそんな言葉を漏らしていたことを思い出したからです。 「あの総裁選」とは、安倍氏が決選投票で石破茂氏を破り、自民党総

    …続きを読む