「どんな患者も断らない」、そんなモットーを掲げる訪問診療のクリニックが、東京の下町、大森にある。「ひなた在宅クリニック山王」は、昨年のコロナ第5波で多くの重症患者が自宅療養を強いられるなか訪問診療を敢行した。過酷な診療の動画はニュースで放映され、多くの人が事態の深刻さを実感した。「24時間・365日対応」というクリニックの院長、田代和馬さん(32)の、第7波前夜の日々に密着した。
13:00 午後の診療開始
「自分の頭で考えてくれる?」
訪問診療車に記者が乗り込むやいなや、田代さんが看護師を叱りつける。張り詰める車内の空気。聞くと、患者の死亡診断書の記入が汚い状態のまま、遺族に渡そうとしていたという。「みとりはご家族にとって看護の集大成でもある。私たちはみとりの時間を、患者さんへの尊厳を大事に『演出』しなければならないのだから」
末期は「まだまだ元気」の略だから
車が患者宅前に到着。叱られた看護師、田中聖菜(きよな)さん(26)は鼻をすすると、気持ちを切り替えて玄関へ。田代さんとともにC型肝炎、肝性脳症の女性(88)に処置をし、息子さんに治療の説明をする。
続いては末期がんの60代男性宅へ初めての訪問。患者本人に、田代さんが言葉を選びながら今後のことを尋ねる。「もしもね、もう家ではこれ以上となったら、どうしたいかなと聞きたくて」。「二度と入院はしたくない」という男性に「わかりました。僕がずっと診ますから、一緒にやっていきましょう」。こわばっていた男性の表情が、パッと明るくなった。
続いて男性の家族に「インフォームド・コンセント(IC)」を行う。1枚の真っ白な紙に、「末期」「死戦期」「最期」などを図付きで描きながら説明していく。「『末期』と言うけどね、『まだまだ元気』の略なんです」「転換期では食欲がなくてウトウトしているけれど、苦痛からは解放されているから。心配しないで」。1時間以上かけた丁寧な説明に、泣いていた家族が笑顔を見せた。「末期で自宅療養というと、病院に見捨てられたと感じる患者さんも多いけれど。そうではない。家で生活をしていくということだからね。そこに寄り添いたい」
14:00 大きな一軒家へ
コロナ禍で大好きなコンサートに行けなくなり、うつ病になったという高齢男性の元へ。一時期要介護2にまでなったが、今は回復したという。「先生のおかげでこんなに元気になりました。困ったこと? あるとすれば足が痛いくらいかな」。血圧などを測り、笑顔で会話して別れる。
「スラック」駆使、次々入る診察依頼
「次行くお宅ではこれを履きます」。田代さんが記者にスリッパを見せる。ノブが外れ、半開きになった玄関ドアを開けると、天井まで積み上げられたゴミが視界に飛び込んできた。小バエが何匹も飛んでいる。ちゅうちょなく隙間をすり抜け、ベッドに横たわる患者の元へ。「あれ、飼ってたインコどうしたの」「先生、ネズミに食われたよー」。九州なまりで会話をしながら、手早く注射を打つ。「今日もしっかり効いてるからね」
優しいまなざしを向けると…
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