90歳の谷川俊太郎さん 子どもの死を主題にした理由

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赤田康和
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 90歳を迎えた詩人の谷川俊太郎さんが新たな表現に挑んでいる。昨年は極限まで短い言葉でつづった詩集「虚空へ」を発表し、1月には子どもの自死をテーマにした絵本「ぼく」を著した。読者を揺さぶるその言葉は、いかに生まれるのか――。(赤田康和)

 〈どうして信頼する女友達に話しかけるように詩が書けないんだ〉。ユーモラスにこう自問するかと思えば、言葉を石に刻みつけるようにこう記す。

 〈黙るということ/日々の暮らしの一々を/言挙げしないこと/心だけでなく体ぐるみ/明日を信ずること〉

 2016年9月から朝日新聞に毎月、詩を寄稿している谷川さん。読者を面白がらせようと新しい表現を今も探っている。かつては作品の背景を語ってもらうインタビュー記事も掲載しており、私が担当していた。

 「ここ数年はコロナじゃなくて老化のせいで外出がおっくうになってね。テレビ会議システムで対談や朗読をやっている。でも、人に会うと元気が出る」

 ほぼ1年ぶりの再会に、こう言って迎えてくれた。午前0時に寝て午前7時起床。朝はコーンフレーク、昼と夜はレトルトの玄米パックと簡単なおかず。酒は飲まない。居間に設置した運動用の自転車を朝晩に4分ずつこぐのが日課という。

息づく死者はかつて愛した女性たちか

 「詩を書くことが、今は生きがいですね」

 教職など副業を持たずにきた谷川さんにとって詩作は生業。近年は注文が少し減り、マイペースで書くのが楽しいという。

 昨秋刊行の詩集「虚空へ」はそんな充実ぶりがうかがえる。ソネット風の14行詩は1行が数文字程度。かつて「自己紹介」という詩で〈どちらかと言うと無言を好みます〉とつづった谷川さんだが、ここまで言葉をそぎ落とした詩集は珍しい。

 〈夜/座っている/足下に/地球〉〈永遠から/今が/こぼれる〉

 組織や人間で構成される社会の中ではなく、巨大な宇宙の中にぽつんと存在している――。谷川さんには若い頃からこんな不思議な感覚があるという。

 〈二十億光年の孤独に/僕は思わずくしゃみをした〉

 詩「二十億光年の孤独」はその感覚を軽やかに描き、10代で衝撃的なデビューを果たした。

 「虚空へ」でも、広大な世界に谷川さんを思わせる一人の老人がいる。彼は海を見下ろす崖に立つ小屋で暮らし、〈目覚めない朝を〉夢にみる。そしてこうつづる。

 〈老いて/一日は/旅〉

 彼は孤独を楽しみ、その近くには死者の影もある。

 〈かたわらに/想(おも)う/ひとりの/ひと〉〈時を/まとった/懐かしいひとの/気配〉

 親密な関係だった誰かが今もそばで息づいていて、老人はそれを感じている。死者は谷川さんが愛した女性たちなのか。

 「そうかもしれない。女性たちはぼくにとって一番身近な他人だったから」

■ユングの「集合的無意識」へ…

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