人生の贈りもの一覧

    父の介護のため実家近くに構えた書斎で。父が残した製図板をテーブルにして居間に置いた=東京都大田区、小玉重隆撮影

    (人生の贈りもの)文筆家・平川克美:5 喫茶店開業し、人の温かさ痛感(08/22)

     (64歳) ――今年3月、喫茶店「隣町珈琲(カフェ)」を開業しました。なぜ喫茶店だったのですか オヤジを介護している時に中学校時代の同級生と再会したんです。彼も中小企業の社長として働きながら、親を介護して見送ったばかりでした。親が入院した病院も一緒で、病院の前で川を見て考え事を…

    (人生の贈りもの)文筆家・平川克美:4 オヤジの介護、人の生き死に実感(08/21)

    今春開業した「隣町珈琲(カフェ)」の客層は、地元客から自著の愛読者まで幅広い。自ら店頭に立つことも=東京都品川区、小玉重隆撮影

     (64歳) ――2012年に発表した「俺に似たひと」は、お父様を介護した2年間を子細に記録した、小説仕立ての作品です。自ら介護に向き合った…

    (人生の贈りもの)文筆家・平川克美:3 カネもうけの10年、「病」を見た(08/20)

    思想家の内田樹さん(左)とは小学校時代からの盟友。2人で翻訳会社を立ち上げたころ=本人提供

     (64歳) ――近著「『消費』をやめる」によれば、2000年以降の10年間、会社経営者として「暗黒の時代」が続いたと 知り合いがアメリカの…

    (人生の贈りもの)文筆家・平川克美:2 詩人目指したが翻訳会社を創業(08/19)

    町工場の「一人親方」だった父(左)と平川さん(右)。中央の幼児は「近所の子だったと思うけど、誰なのかなあ」=本人提供

     (64歳) ――大学卒業後の1977年、小学校の同級生だった思想家の内田樹(たつる)さんと翻訳会社を立ち上げました 中学から別々の学校に進…

    (人生の贈りもの)文筆家・平川克美:1 工場の街で育った悪ガキ(08/18)

    今春オープンした喫茶店「隣町珈琲(カフェ)」には蔵書がぎっしり。自著を販売する棚も=東京都品川区、小玉重隆撮影

     (64歳) ――近著「グローバリズムという病」まで一貫している視座は、工場のある街で育った経験から来ています 最初は意識してなかったんだけ…

    (人生の贈りもの)作家・水村美苗:5 「いてよかった」作家になれたら(08/15)

    「日本語が亡びるとき」の英訳作業が進行中だ。「一部を英語話者に向けて書き直しています」=堀口豊太氏撮影

     ――2008年に発表した「日本語が亡(ほろ)びるとき」は、日本語をまもる必要を説いた評論集でした。アメリカ時代に抱き続けた違和感が原点でし…

    (人生の贈りもの)作家・水村美苗:4 母を小説に 「事実は、より奇なる」(08/14)

    大佛(おさらぎ)次郎賞の授賞式会場で。左は大佛次郎のめいで養女の野尻政子さん=本人提供

     ――2012年発表の「母の遺産――新聞小説」では、壮絶な母子関係と介護の現実を浮き彫りにして話題を呼びました 実際はあんな程度のものではあ…

    (人生の贈りもの)作家・水村美苗:3 奇跡の転入、最高のイエール時代(08/13)

    20歳のころ、アメリカ・ロングアイランドの自宅前で=本人提供

     ――夫は経済学者の岩井克人さん。おしどり夫婦で有名です 出会いは18歳の時でした。ボストンの美術学校に9月に入学し、10月には、留学生のパ…

    (人生の贈りもの)作家・水村美苗:2 米国暮らしで「日本語の中の私」意識(08/12)

    10歳のころ。ピアノの発表会用に、母の節子さんが姉妹おそろいの洋服をあつらえた=本人提供

     ――どんな少女時代だったのでしょう 公立の小学校でしたので、裕福とはいえませんが、普通より少し余裕のある西洋趣味の家庭でした。父が仕事でた…

    (人生の贈りもの)作家・水村美苗:1 漱石の世界、どっぷりつかった(08/11)

    避暑のために過ごす長野・軽井沢の別荘の書斎で。書棚には「漱石全集」の初版本が並ぶ=堀口豊太氏撮影

     ――小説家デビュー作は夏目漱石が未完に終えた「明暗」の続編を描いた「続明暗」でした。文豪の未完の大作を書き継ぐのは、怖くなかったですか 怖…

    (人生の贈りもの)俳優・演出家、笈田ヨシ:5 自分を空っぽにして創造を受け取る(08/08)

    2013年、世田谷パブリックシアターで再演された「春琴」=青木司氏撮影

     (81歳) ――若い演出家とも仕事をしています 2008年、イギリス人のサイモン・マクバーニーが演出し、東京・世田谷パブリックシアターで初…

    (人生の贈りもの)俳優・演出家、笈田ヨシ:4 18年ぶり日本の舞台、気負いなく(08/07)

    ピーター・ブルック演出の舞台「マハーバーラタ」で死の場面を演じる

     (81歳) ――演劇研究センターの活動終了後も、ピーター・ブルックの演出作品に出ています 彼は舞台の上にマジックを作る名人です。1985年…

    (人生の贈りもの)俳優・演出家、笈田ヨシ:3 「偉大な演出家」の下、世界で学ぶ(08/06)

    今年初めには、やはり夢だった大衆演劇に出演。来年は兵庫県尼崎市のピッコロシアターでモリエールの舞台が控える=郭允撮影

     (81歳) ――文学座を10年目で退団し、劇団四季に移ります 10年修業したら、劇団を作ろうと考えていました。でも実際は演技は下手で、才能…

    (人生の贈りもの)俳優・演出家、笈田ヨシ:2 三島先生に弟子入り、顔が似ていた(08/05)

    三島由紀夫さんに似ていると言われた文学座時代。アンドレ・ルッサン作「ニーナ」の舞台で杉村春子さんと

     (81歳) ――中学時代に歌舞伎と全く別の演劇に出会います 中学2年の時、お年玉をためて坪内逍遥訳の「シェークスピア全集」を買いました。新…

    (人生の贈りもの)俳優・演出家、笈田ヨシ:1 見えないものを見せたくて(08/04)

    「三人吉三」上演中の東京・渋谷のシアターコクーンで。勘九郎さんを「腕の確かさは父親譲り」と評した=郭允撮影

     (81歳) ――6、7月に東京・渋谷と長野の松本で上演された歌舞伎「三人吉三(きちさ)」に出演。中村勘九郎さんらと共演されました 古い知り…

    (人生の贈りもの)タレント・浜村淳:5 人間味丸出し、どぎつい関西の笑い(08/01)

    「のどを痛めんようにタオルを巻いて寝るようにとか、奥さんが体調管理してくれてます」=大阪市北区、滝沢美穂子撮影

     (79歳) ――早朝のラジオ放送を続けてこられたのは奥様の力添えも 大きいと思います。ファッションと健康にうるさいんですよ。僕の着てる物は…

    (人生の贈りもの)タレント・浜村淳:4 タブー破る関西弁、「浜村節」誕生(07/31)

    40年続くラジオ「ありがとう浜村淳です」が始まったころ。それまでは深夜と昼の番組ばかりで2年間は手探りだった

     (79歳) ――20代で上京。東京ではどんな生活でしたか 渡辺プロダクションの渡辺社長夫婦の家に、1960年ごろから住みました。一つ屋根の…

    (人生の贈りもの)タレント・浜村淳:3 ジャズの名解説、東京進出決めた(07/30)

    ジャズ喫茶で司会をしていたころ。大スターが出演し、建物の周りに何重も行列ができていた

     (79歳) ――卒業後はどんな仕事をしたんですか 新聞社を受けたんです。だって新聞学専攻ですもん。本当は新聞社にしばらく勤めて、いわゆる文…

    (人生の贈りもの)タレント・浜村淳:2 しゃべるしゃべる大学生(07/29)

    1歳のとき。「育ての親が目の中に入れても痛くないほどかわいがってくれた」

     (79歳) ――両親の記憶がほとんどないそうですね 実はですね、僕を育てたのは伯母夫婦なんです。母親と「京都・祇園の人」との間に生まれたの…

    (人生の贈りもの)タレント・浜村淳:1 ラジオは尾ひれがおもろい(07/28)

    「リスナーとの距離が近いのもラジオの魅力です」と、寄せられたはがきを手に語る浜村淳さん=大阪市北区、滝沢美穂子撮影

     (79歳) ――浜村さんの名前を冠した関西のラジオ番組が、月曜から土曜まで放送されてますね。長寿番組で、ギネス世界記録への登録を申請する話…

    検索機能を利用して一覧を作成しています。自由にキーワードを指定できる記事検索機能もご利用ください。

    注目コンテンツ