揺らぐ自民の「帝国」、街頭で怒鳴りあいも 裏金問題が変えた選挙戦

ルポ 衆院選2024

後藤遼太 笹山大志

 衆院選が公示される1週間ほど前だった。

 東京都八王子市に住む古参の自民党員の男性に突然、電話がかかってきた。

 八王子市の大半が入る衆院東京24区は、全国的にも注目される選挙区のひとつだ。

 電話をかけてきたのは、その東京24区での立候補予定者のひとりだった。

 「あんたとはねじれちゃってるけど、頼む。(職場を)回ってくれないか」

 仕事関係の知人に支持を呼びかけてほしい、という依頼だった。

 電話は、萩生田光一氏(61)からだった。男性とは旧知の仲だが、数年間、疎遠になっていた。それでも急に電話してきたことに、男性は驚いたという。

 15日に公示された衆院選で大きなテーマと位置づけられているのが、自民党派閥の裏金問題だ。

 その最大の舞台となったのが安倍派の政治資金パーティーであり、安倍派の有力者「5人衆」の一人だった萩生田氏も、政治資金収支報告書で2728万円の不記載が判明した。

 党の役職停止の処分を受けたうえ、新たに就任した石破茂首相の方針にもとづき、公示直前になって萩生田氏は公認を得られないことが決まった。

 男性に電話がかかってきたのは、非公認の見通しが報じられたころだ。電話口から、焦りがにじんでいた。

 萩生田氏は地元の八王子市の市議や都議を経て、衆院議員を6期務める。

 安倍晋三元首相の最側近として知られ、党の要職も歴任。前回衆院選では2番手に10万票以上の差をつけて圧勝しており、元秘書らが市議として名を連ねる八王子市は地元政界で「萩生田帝国」と呼ばれてきた。

 その「帝国」がいま、揺らいでいる。

 裏金問題による逆風にくわえ、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係についても、2022年の参院選で立候補予定者を伴って教団施設を訪問したことなどが発覚し、批判を浴びた。

 今年7月の都議補選では擁立した元自民市議が惨敗し、地元の議員関係者に衝撃が広がった。

 「補選以来、本人もピリピリしている」(選対関係者)。危機感を募らせた萩生田氏が力を入れたのが、「どぶ板」の活動だ。

 党幹部として全国をまわっていた状況から一変。関係者によると、15分刻みでスケジュールを組み、市内の中小企業3~4カ所の朝礼に顔を出す。

 昼や夜は業界団体の会合や市議の後援会の集まりにこまめに出席。毎回、裏金問題について「ご心配をおかけした」と頭を下げているという。

 「地上戦」以外にも手を広げる。

 「もともとはSNSが嫌いだった」(周辺)というが、ネット番組のインタビューを受けたり、X(旧ツイッター)に昼食でラーメンを食べる様子を投稿したりするようにもなった。

 そのうえで、無所属で立候補した萩生田氏が頼るのが、安倍派に連なる人脈だ。

 16日は安倍元首相の妻の昭恵氏が会合に参加し、「主人の後を継ぐのは萩生田さん」と涙ながらに激励。17日には高市早苗前経済安全保障相が駆けつけ、「懸命に働いてきた萩生田候補の実績を、もう一回思い出してください」と呼びかけた。

 それでも、街頭に立てばヤジが飛ぶ。19日には「20年来の友人」という日本維新の会前代表の松井一郎氏と一緒に街頭演説し、「意図して裏金づくりや私的流用、脱税をしたという事実は全くない」と訴えると、聴衆から「言い訳するな! 国会で説明しろ」と声が上がった。

 「ウラ金2728万円」「裏金議員いらない」などと書かれたプラカードを手にする人たちと支持者が怒鳴りあうなど、騒然とする場面もあった。

 「クリーンな政治」を掲げる公明党も今回、推薦を見送っている。八王子市には創価大など、公明の支持母体・創価学会の関連施設が多く、存在感も大きいが、萩生田氏とは距離を置いている。

 「親の代から自民一筋」という後援会員の80代女性も「引き出しに3千万円近くも入れていたなんて冗談じゃない」と怒りが収まらない。

 50年以上、飲食店を切り盛りしてきたが、周囲ではコロナ禍後、店をたたむ人が多い。税務調査が入れば、数千円の食い違いでも伝票の束をひっくり返しての大騒ぎ。そんな苦労を知っているからこそ、裏金問題が許せないという。

 「そんな中で金の汚い話を聞かされると、さすがに愛想が尽きた。かといって野党も信頼できず、投票する心境にもなれないし……」

 選挙区は白票を入れようかと悩んでいるという。

批判強める野党、批判票が分散のおそれも

 「萩生田氏を落とす千載一遇のチャンス」。野党側がそう勢いづくなか、立憲民主党が擁立したのがジャーナリストの有田芳生氏(72)だ。

 「『刺客』として立候補することを決めた。一部の政治家が裏金をためこんで特権化した日本社会の象徴がここだ」

 公示前、有田氏が市内のホールでそう力を込めると、集まった支援者から拍手がわいた。

 立憲の狙いは明確だ。有田氏はジャーナリストとして以前から旧統一教会を追及しており、裏金問題にくわえ、「教団の問題も思い出させてくれる」(立憲都連幹部)と争点化を図る。

 各地で候補者を積極的に擁立した共産党も、東京24区では早い段階で立候補を見送り、支援にまわっている。

 市内で毎月開催される反戦平和の訴え「八王子アクション」に有田氏が1年以上前から参加し、野党共闘を呼びかけてきた市民団体「市民連合」の支持を得た点が評価されたという。

 「有田氏でなければ、こうはいかなかっただろう」と共産市議は話す。

 陣営にとっての誤算は、日本維新の会と国民民主党の動きだ。

 維新公認で立候補した元都議の佐藤由美氏(52)は、前回衆院選で国民民主から立候補し、次点だった候補。その後、教育無償化を実現する会に合流して国民民主とたもとを分かち、公示直前に維新に合流した。

 「萩生田氏から離反した層を取り込む」と意気込む。

 佐藤氏の動きを受け、国民民主は弁護士の浦川祐輔氏(31)を擁立。浦川氏は「裏金や旧統一教会の批判だけしている人や、国民民主を裏切った人とは一本化できない」と、立憲や維新陣営への批判を強めている。

 萩生田氏への批判票が分散しかねない状況のなか、立憲の野田佳彦代表が公示日の第一声の場所に選んだのが、自民の問題点を浮き彫りにできる東京24区の八王子駅前だった。

 「裏金議員を裏から助け、旧統一教会も裏金議員を裏から支えてきた。裏、裏、裏の自民党政治と決別しようではありませんか」と批判のボルテージを上げたが、拍手に交じって聴衆の一人の怒声が響いた。「野田さん、本気で野党をまとめろよ!」

 萩生田氏も反論に力を入れており、演説では「野党候補は私の批判のためにこの選挙区を選んだ。この大切なふるさとを、批判のためだけにきた人に渡すわけにはいかない」と語気を強める。

 参政党からは與倉さゆり氏(40)が立候補し、「教育改革と日本経済の復活を成し遂げたい」と主張。ほかに無所属新顔の畑尻文夫氏(69)も立候補している。

 石破首相の就任からスピード解散だったことをふまえ、野党関係者の一人はこぼす。「短期決戦で野党側がまとまる時間がなかったのが本当に痛い」(後藤遼太)

東京24区候補者一覧

與倉さゆり 40 参政新  飲食会社員

有田 芳生 72 立憲新 比  ジャーナリスト

畑尻 文夫 69 無所属新  〈元〉学習塾経営

浦川 祐輔 31 国民新 比  弁護士

佐藤 由美 52 維新新 比  〈元〉都議

萩生田光一 61 無所属前(6) 〈元〉経産相

 届け出順。敬称略。氏名の後は投開票日(27日)時点の年齢。比は比例区と重複立候補。()内の数字は当選回数

10月27日に投開票される衆院選。注目される選挙区の動きを追います。

東京24区、おりのようにたまった課題を内包

 前回衆院選から3年。日本政治を動かしてきたのは岸田政権だった。個々の政策を除けば、この間に新たに加わった課題が大きく二つある。

 一つは、安倍氏死去によって注目を集めた旧統一教会と自民の関係だ。一昨年の問題発覚後、自民は教団と各議員の過去の接点を報告したが、その後も新たな事実が次々に判明している。

 朝日新聞は9月、安倍氏と旧統一教会会長らが2013年に自民党本部の総裁応接室で面談していたとみられると報じた。今月には、石破内閣で法相に就いた牧原秀樹氏が、旧統一教会や関連団体の集会・会合に少なくとも10回出席していたことも明らかになった。

 だが首相は、「新たな接点が明らかになれば追加的に報告説明を行う」としつつ「現時点で対応が必要とは考えない」と再調査に消極的だ。

 もう一つは、昨年末からくすぶり続ける裏金問題だ。自民は4月に関係者を処分したが、起訴された前議員の公判は続いており、事件としても終結していない。不正な手続きでプールされた資金の使途はなお判然とせず、実態解明は遠い。法改正で再発防止策を講じたとするが、「政治とカネ」に根本的なメスが入ったわけでもない。

 東京24区は、12年の政権再交代以降、積み重なってきた多くの問題を内包する選挙区でもある。第2次安倍政権以降、要職にあり続けた萩生田氏の政治力はなお大きく、その当落は今後の石破首相の政権運営にも少なからず影響を与えそうだ。(笹山大志)

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この記事を書いた人
後藤遼太
東京社会部|メディア・平和担当
専門・関心分野
日本近現代史、平和、戦争、憲法
2024衆院選

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