クイーンビートル「浸水隠し」重ねた工作 知床事故教訓の厳罰適用か

江口悟

 JR九州の子会社が船体への浸水を隠す悪質な法令違反を繰り返し、博多港と韓国・釜山港を結ぶ高速船が存続の危機に立っている。新たに船首への浸水を3カ月以上隠して運航を続けたことが発覚し、8月13日に運航を停止。JR九州は事業を続ける意向だが、再開のめどは立っていない。

 問題の高速船「クイーンビートル」(定員502人)は、JR九州の100%子会社「JR九州高速船」が運航する。博多港と釜山港を片道3時間40分で結んで1日1往復していた。

 今回の問題は国土交通省による8月6、7日の抜き打ち監査で発覚した。

 もともとクイーンビートルは5月30日に船首部分への浸水を確認したとして7月10日まで運休し、亀裂が見つかったとしていた。

 しかし、実際には2月に2~3リットルの浸水を確認していた。異常時は海上運送法や船舶安全法に従って、直ちに九州運輸局に報告して臨時検査を受ける義務がある。ところが、JR九州高速船は報告しないうえ、修理もせずに運航を続けた。

 そこから「浸水隠し」の工作が始まる。JR九州の調査によると、航海日誌などに「異常なし」と虚偽記載を続ける一方、実際の浸水量を記録する裏の管理簿を作成。浸水量が増えていくと、浸水警報センサーの高さを44センチから1メートルに上げる不正も実行した。

 浸水が1メートルに達して、警報が発動したところで、JR九州高速船は運航を断念。初めて浸水に気づいたように装い、九州運輸局に報告した。その後、船首の溶接部分で確認された亀裂は長さ110センチだった。

「前社長が指示」会社ぐるみ認めたJR九州

 JR九州は、一連の隠蔽(いんぺい)はJR九州高速船の田中渉・前社長が指示し、会社ぐるみだったことを認めている。田中前社長は解任された。

 問題は深刻だ。JR九州高速船は、今回の不正の1年前、昨年2月にも浸水隠しをしていた。国交省から海上運送法に基づく安全確保命令を受け、改善報告書も出していた。その上で新たな不正を重ねたことになる。

 しかし今回、国交省がより厳しい処分を出すことは難しい。現行制度では、外国と結ぶ「対外旅客定期航路事業」は届け出制で、許可制の国内航路では可能な事業停止や許可取り消しの処分はできない。国交省は再び安全確保命令を出す方向だ。

 ただ、2022年の北海道・知床半島沖の観光船沈没事故を受けた海上運送法の改正で、安全確保命令に違反した事業者への罰金が1億円以下に引き上げられ、1年以下の懲役刑も導入された。今後、海上保安庁が捜査を進め、刑事処分でこの罰則が適用される可能性もある。

 日韓高速船はJR九州が鉄道以外の収入を得る事業多角化を目的に1991年に就航。2005年に分社してJR九州高速船に移した。

 クイーンビートルはもともと20年7月に就航予定で、従来運航していたジェットフォイル(水中翼船)の「ビートル」と複数船で運用する計画だった。しかし、コロナ禍の運休で就航は22年11月に延期。3隻あったビートルも全て売却方針が決まり、クイーンビートルは1隻体制での運航となった。

1隻体制、判断に影響したか

 JR九州は引き続きJR九州高速船に運航を任せる方針で、「全社員の意識改革」を再開の条件に挙げるが、具体的な道筋は示せていない。

 1隻体制では運航停止が即、全面運休になる。浸水を隠して運航を続けた判断に運用体制が与えた影響も注目される。

 JR九州の古宮洋二社長は8月22日の記者会見で、外部有識者による第三者委員会を設けて、原因究明と責任の明確化を進める方針を示している。(江口悟)

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