透明化されてきた人たちに光を 「虎に翼」の社会性 寄稿・小川公代

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英文学者・小川公代=寄稿

家族主義からの脱却と個人の人権擁護

 テレビドラマ、アニメ、漫画、あるいは文学作品を介したストーリーは、単なる「エンターテインメント」、つまり娯楽であると思われがちなのかもしれない。

 しかし、『虎に翼』の脚本を担当している吉田恵里香は、「エンターテインメントと社会性は両立すると思っています。というより、切っても切れないものです」とインタビューで答えている。さらに、これまでのドラマでも、登場人物のセクシュアリティーを理由に「透明化されている人たち」を描き続けたいとも書いている。

 とくに日本のあしき家族主義からの脱却や個人の人権擁護といったテーマは、くしくも最近の選択的夫婦別姓の議論に対して「家族の一体感」を重視し、及び腰だった岸田文雄首相と好対照をなしていて、アクチュアルな問題意識がある。そういう社会性に多くの視聴者がひきつけられているように感じられる。

 ヒロイン佐田寅子が明律大学の女子部に入学したときはまだ高等試験司法科での女性の受験が認められていなかった。しかしようやく女性も男性と同じように弁護士として活躍する道が開かれ、寅子は試験にも合格する。しかし寅子と一緒に学んだ崔香淑や大庭梅子、桜川涼子らのような女性たちは、どれほど血のにじむような努力をしても、自分たちの置かれた状況のせいで弁護士になることができない。山田よねも女性らしい髪形や服装から逸脱しているという理由で試験に合格できていない。寅子は彼女たちの悔しさを知っている。なぜなら彼女自身、結婚して妊娠したことが恩師の穂高重親教授に知られてしまった際には「一度休んで子育てに専念してはどうか」と提案され、打ちひしがれたからだ。寅子の母はるにいたっては、職業を得るという選択肢すら存在していなかった。

 『虎に翼』は、そういう個々の人間のストーリーであふれている。

 夫の無理解や子育ての責任のために弁護士を諦めるしかなかった梅子。太平洋戦争や朝鮮戦争が起こる前に朝鮮に帰国せざるを得なかったが、女子部取り壊しの際に学長や穂高教授に渾身(こんしん)の言葉をぶつけた香淑。彼女らの記憶が思い出されるたびに寅子は奮起し、社会を変えていく起爆剤となっている。戦病死した寅子の夫、優三の「僕の大好きな、あの、何かに無我夢中になっている時のトラちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること」という言葉と共に彼の希望に満ちた顔も回想されている。復帰後に裁判官をめざすことになる寅子は、彼の言葉によって、彼女自身が法律の世界が好きで働いていることに気づく。

 第64回では、裁判官になった寅子がラジオに出演し、できたばかりの家庭裁判所に訪れる多くの女性たちの世間一般のイメージを打破している。「私は、ご婦人方をかよわいとは思っておりません。裁判所を訪れる多くのご婦人は、世の中の不条理なこと、つらいこと、悲しいことと戦ってきた、戦おうとしてきた、戦いたかった方たちです」

「雨垂れ石を穿つ」 響き合う言葉

 くしくも、これらの言葉は、現代アメリカを代表する文筆家の一人であるレベッカ・ソルニットの『暗闇のなかの希望』の言葉と見事に響き合う。

 ソルニットは、無数の透明に…

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    中川文如
    (朝日新聞スポーツ部次長)
    2024年7月17日11時30分 投稿
    【視点】

    「わたしにとって『虎に翼』がどうしてもひとごとに思えない理由がある」として、小川公代さんはご自身のお母さんのことをつづっていらっしゃいます。文脈は違うのだけど、私にも、「虎に翼」をひとごとに思えないシーンが最近ありました。 仕事に没頭する

    …続きを読む
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