「関心領域」のヘスは無関心でも「凡庸」でもない ナチ研究者の警鐘

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聞き手・平賀拓史

 アウシュビッツ収容所の隣で暮らす所長のルドルフ・ヘス一家の生活を描いた映画「関心領域」が公開されている。「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」の共著者で、ナチズムを研究する田野大輔・甲南大学教授は「ヘス夫妻は隣で起きているホロコーストに『無関心』だった、とする指摘も見られるが、それは違う」と話す。映画が描くナチの実像、そして彼らについて語られてきた「悪の凡庸さ」論の危うさについて聞いた。

 映画は、約110万人のユダヤ人らが殺されたアウシュビッツの所長でナチ親衛隊(SS)幹部だったヘスとその家族の日常を淡々と描く。一家が平穏に暮らしているように見える家の塀の向こうからは、銃声や叫び声、機械音が聞こえ続け、着々と進む大虐殺をほのめかす。第96回アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を受賞。5月24日から日本でも公開され、田野さんは公式パンフレットに解説を寄せている。

(記事の中で映画の内容に触れています)

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 ――映画をどう見ましたか

 ヘスの妻ヘートヴィヒが歯磨き粉のチューブの中にダイヤモンドを見つけたと話したり、囚人が運んできた毛皮のコートを試着したり、ヘスが川で子どもたちと水遊びをしているところに灰が流れてきたりと、その裏で起きている出来事をうかがわせる描写が非常に多い。その意味は一切説明されません。自分で気づいてほしい、説明しなくてもわかってくれるはずだ、と観客側の理解力を信頼している映画だと思いました。

 ヘスは妻や子どもを愛する良き父親として振る舞う一方で、家族の目が届かないところで買春をしているような描写もありました。自分の思い通りになる子どもには愛情を注ぐけれど、それ以外には非常に冷酷な、二面性のある人物として描かれています。

 また彼は、木を傷つけないように部下に命令したり、馬に優しくねぎらいの言葉をかけたりします。ナチが自然保護に熱心だったことはよく知られていますが、我々が考える自然愛護とは相当違う。人為的に介入しなければ自然は守れない、という発想なんです。

 ヘス一家は庭の手入れを欠かさず、雑草をこまめに抜いたり、収容所の壁際に咲くバラの手入れをしたりします。それは、美しいドイツを実現するために、「劣等」な人々を取り除いて「優れた」ドイツ人を入植させる、という考えの表れでもあります。劇中でも真っ赤な美しい花が映りますが、どこか人工的で不気味な雰囲気を感じさせます。

 ――終盤ではヘスが心身を害しているような描写もありました

映画「関心領域」の詳細な描写を評価する田野さん。後半では、虐殺をエスカレートさせた親衛隊の組織構造、そしてハンナ・アーレントがとなえた「悪の凡庸さ」について誤った理解が広がる危険性についても、話が広がりました。

 演出の意図は完全には分かり…

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