衰退した努力神話と自己責任論 ハックとチートの時代、救いと危うさ
バブル経済崩壊以降の日本を包んだ「自己責任論」。金融ビッグバンで投資リスクを指すものとして広まったのが、海外紛争地での邦人救出の議論となり、格差拡大を説明する言葉にもなった。菅義偉前首相が「自助」を強調したのも記憶に新しい。
用途は広がり続けたが、文筆家の綿野恵太さんは「最近は衰退を感じる」と指摘する。そして代わって登場した「ハック」などの言葉に「危うさを感じる」とも。社会を包む空気感の動向を聞いた。
消えたカツマー、売れ行き鈍った「自分磨き」本
――自己責任論がこれほど広がった理由は何でしょうか?
「そもそも西洋的な個人主義、資本主義の近代社会は、自己責任と努力万能の価値観が強い社会でもあります。人種や性別、階級といった生まれ育ちに関係なく能力によって評価されるべき、能力によって得た成果は個人の資産として認められるべきだという考え方です」
「福沢諭吉は『学問のすゝめ』で『人は生れながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり』と書いていて、貧富の差は努力の差から出ると説いています。通底ではこのころから通じる価値観でしょう」
「出自や縁故にとらわれずに能力で評価する、成果に応じた報酬はしっかり還元する、これは否定されるところがない理想的な価値観の一つでもあります。バブル崩壊後に成果主義、能力主義がもてはやされたのもあり、2000年代以降はさらに広範に広がりました」
――それはどういう点にあらわれていますか?
「このころ、ビジネス書では『○○すれば人生が変わる』、『自分を変える○○の習慣』、『○○するには○○しなさい』といったタイトルの本が流行し、自分磨きや内面性を高めるといったことに重きが置かれました」
「その象徴とも言えるのが、00年代後半に『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』、『効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法―』といった本が相次ぎベストセラーとなった勝間和代さんでしょう。本で説かれるのはまさに努力肯定の世界です。仕事をしながら資格取得や語学習得の勉強を重ねて年収アップを目指し、人脈作りなどの自己研鑽(けんさん)にも余念がなく私生活もそつなくこなす。そんな『カツマー』と呼ばれるライフスタイルをまねする人も続出しました」
「そして08年のリーマン・ショックでの派遣切り、12年の芸人の親族が生活保護を利用していたこと報じられたことに端を発した生活保護バッシングなどでは、自己責任論の価値観で厳しい言説も飛び交いました。今思えば、このころが自己責任論のピークだったかもしれません」
不遇の親ガチャ、逆張りのブルーオーシャン
――何が転機だったのでしょうか?
コツコツ努力よりも要領の良さの方が説得力を持つようになったのはなぜなのか。記事後半では、ベストセラーの動向や社会事象から空気感の変化を綿野さんが解説すると共に、最近よく聞く「コスパ」「ハック」「チート」といったものが救いになる一方で社会の良識を壊しているとも指摘します。
「勝間和代さんの言説に対し…