どっちつかずの声を聞いてきたか 小松理虔さんが見た処理水放出の日

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ライター/地域活動家・小松理虔=寄稿
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ライター/地域活動家・小松理虔さん寄稿【前編】

 8月24日、東京電力は、福島第一原子力発電所にたまる処理水の放出を開始した。

 処理水自体は国際的な安全基準をクリアするものであり、かつ、放出は廃炉を進めるための重要なプロセスである、ということは頭の中では理解しているつもりだが、「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」という約束をほごにする決定であり、多くの漁業者が反対の声を上げるなかでの強行的な放出となってしまった。私自身、小名浜という港町で生まれ育ち、今なおそこに暮らす人間として、放出を快く歓迎する気持ちには到底なれない。割り切れないモヤモヤがますます大きくなった一日だった。

先輩と話し込んだ2時間 それぞれの声、父も妻も友人も…

 放出が始まったとされる午後1時から少し経ったころだったか、お世話になっている先輩が私の事務所を訪ねてきた。事務所に入ってくるなり「いやあ、リケンくん、いよいよ放出始まっちゃったね。ちょっと話したいなと思ってさ」という。どうやら私と同じようにモヤモヤを抱えていて、それを話したいようだった。冷たいお茶を飲みながら2時間は話し込んだだろうか。先輩は、いわきの水産物を日々おいしく食べ、それをSNSに投稿するような人だが、これまでの議論のプロセスに納得できない、本当に、ほかの方法はなかったんだろうか……と割り切れない様子だった。

 ひと仕事終えて家に帰り、隣に住んでいる父のところに寄ってみると、やはり処理水放出の話になった。父は長く港湾建設に関わる仕事をしてきた。漁師や水産業者ではないが「関係者」ではある、という立場だろうか。だが、放出には賛成の立場だ。「流さねえとどうしようもねえべ。漁師だってずっと賠償だけに甘えてるわげにいがねえべよ」とも語る。早くもともとの漁業の体制に戻ってほしい、今のような補償から自立したほうがいいんじゃないかという考えがあるようだった。福島の漁師は原発事故後、恵まれた補償を得ていて、それがかえって操業の邪魔をし、水揚げ量が増えない原因になっているのではないかという、父のような考えを持つ人は少なくない。

 自宅に戻ると、妻からも「いよいよ始まったね」と声をかけられる。さっきまで買い物などで外に出ていた妻によると、港の近くに何組もテレビ局の取材クルーが来ていたそうだ。海外のクルーもいたというから、処理水放出はやはり海外からも注目されているのだろう。妻は「敷地もないみたいだし、どうしようもなかったんでしょ?」と諦め半分だが、もともと広報やPRの仕事をしていたこともあり、「でも、メディアに取り上げられる機会だってあるわけだから、いいものつくってアピールしていくしかないでしょ」と前向きだ。

 夕食が一段落したころ、スマホを開いてSNSをチェックする。いつになく処理水放出に関する投稿が多かった。納得、怒り、皮肉、諦め、期待、いろいろあった。「まあこの人は立場上こういうしかねえよな」という納得感の強い投稿が目立ったが、普段は穏やかな投稿を続けてきた人がかなり感情的になって反対の声を上げているのも見かけた。反対も、賛成も、それぞれ複雑だ。「条件つき賛成」や「どちらかに分けられない」というような声も多く耳にする。割り切れないからこそモヤモヤするのだ。

 通知の来ていたメールアプリを開くと、知り合いの水産業者、数人からメッセージが届いていた。ある人は「国際基準に従って流すのなら大騒ぎすることじゃない。粛々と対応するしかないよ」と、この騒ぎをいさめるようなコメントを残していた。また、別の方は「安全性を強調するために検査を強化することで、むしろこちらから風評をつくってしまうようなことにならないですかね」という懸念を書き残していた。放射性物質を検査すると、どうしても「危険なものがまぎれているかもしれないから検査している」というメッセージが含まれてしまう。他国の原発も同じように流している。自国の原発とて同じだ。それなのに、なぜ福島だけが騒がれるのか。なぜこれまで通りに普通にしていてはダメなのか。そう考える業者の皆さんの懸念も、よく理解できる。

福島・小名浜生まれの地域活動家、小松さんは処理水放出が始まった8月24日をどう過ごし、何を考えたか。前後編で9千字を超す寄稿です。

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 私にも私なりの懸念がある…

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    小松理虔
    (地域活動家)
    2023年8月31日15時58分 投稿
    【解説】

    長い記事になってしまいすみません。読んでくださってありがとうございます。改めて読み返して思うのは、原子力というのは、こうして地域の人たちにさまざまな葛藤を押し付けていくものなのだ、ということです。表立って語られなくても、複雑で、一度事故を起

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    西岡研介
    (ノンフィクションライター)
    2023年9月10日11時35分 投稿
    【視点】

    8月24日以降、様々なメディアから、大量に流れてくる処理水放出に関するニュースに正直、食傷気味になっていたところに、小松理虔氏による「生活現場」からのリポート。本件に関しては私も、単純に「賛成」、「反対」と割り切れない、モヤモヤした気持ちを

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Re:Ron

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