入管の「権限強化」では解決しない 「やさしい猫」中島京子さん寄稿
作家・中島京子さん 寄稿
2年前に「やさしい猫」という小説を書いた。スリランカ人青年と日本人シングルマザーの恋と結婚、そしてそのスリランカ人の在留資格をめぐって、入管行政に翻弄(ほんろう)される家族の姿を描いた。物語はテレビドラマ化され、現在NHKで土曜ドラマとして放送中だ。小説の主人公たちは入管によって「偽装結婚」と断定され、スリランカ人青年は強制退去を言い渡されることになる。
6月に閉会した国会で、「改正入管難民法」が可決・成立した。この法案審議でもっとも注目されたのが「(難民認定の審査中は送還が一律に停止される)『送還停止効』に例外を設け、難民申請3回め以降は強制送還できる規定」だった。難民申請者を迫害の恐れのある母国に送り返してはならないというのは、ノン・ルフールマン原則という国際法上の規範なのだが、それをあえて侵犯してでも「送還」を優先する法の根拠とされたのは、「難民申請者の中に難民はほとんどいない」という、1人の難民審査参与員の発言だった。日本の難民認定率は1%程度なのだが、約99%の難民申請者は「偽装難民」だという主張である。
この法改定の根拠と、わたしの小説の主人公に向けられた視線はよく似ている。「外国人は嘘(うそ)をつく」という主張だ。もう一つ、決定的なのは2021年3月に名古屋出入国在留管理局で収容中に死亡したウィシュマ・サンダマリさんの件である。長い間まともに食事がとれず、点滴と病院での治療を希望し続けたスリランカ人女性は、入管職員によって「詐病」を疑われ、適切な治療を受けられなかった。悲しいことに「詐病」を疑われるのは、ウィシュマさんが初めてでも、珍しい例でもない。
入管行政の根底には、「外国人は嘘をつく」という偏見が見え隠れする。この度の法改定はまさにこの偏見を根拠にして入管の権限を強化したという意味において、非常に問題のあるものと言わざるを得ない。
難民審査、第三者機関に委ねては
実のところ、法案審議の中では、この偏見を、丁寧に、緻密(ちみつ)に、客観的な事実をもとに、突き崩していく作業が行われた。衆議院では、ウィシュマさんが死に瀕(ひん)した重篤な状態であったにもかかわらず、「詐病」を疑った職員によって精神科を受診させられ、その体の状態には危険を伴う抗精神病薬などを処方された可能性が指摘された。そして、参議院の審議中には、入管が担う「難民審査」の問題点が次々と明らかにされていった。難民審査参与員というのは、難民不認定の裁決に不服のある外国人からの審査請求にあたって、入管がその意見を聞かなければならないとされる、法律や国際情勢の学識経験を有する人々のことを指す。しかし、その参与員を選ぶのは入管、参与員に審査を依頼するのも入管であり、入管は「難民はほとんどいない」と公言する1人の参与員に全審査の4分の1を猛スピードで行うことを依頼していた。そして、「難民認定すべきだ」という意見を出した参与員には、翌年から極端に審査依頼を減らしていた事実が判明する。また、「不認定の可能性が高い」と入管が判断した難民申請者のみを審査する「臨時班」を設け、書面審査を中心にスピーディーに審査するシステムを作って、「難民はほとんどいない」と発言した参与員らに依頼していた。また、入管は目標送還件数を設定し、それを達成するべく業務にいそしんでいたことも判明した。こうなると、もはや「難民不認定制度」もしくは「難民不認定システム」ではないだろうか。
国会に、与党推薦で招致された「有識者」の参考人や、入管職員、与党の国会議員などからも、「日本にほんとうの難民は来ない」「飛行機に乗ってくるのはほんとうの難民ではない」といった発言が相次いだ。しかし、カナダでは9割が難民として認定されるトルコの少数民族クルド人が、日本では過去に1件しか認定されていない事実も国会審議の中で指摘された。トルコからカナダへはとうぜん飛行機に乗っていくわけだが。ある難民審査参与員が「出身国情報はほとんど見ない」と発言したことも物議を醸した。出身国の情勢を知らずに、どうすれば難民かそうでないかが判断できるのだろうか。
参議院での審議の中で、入管…