値引き品求めて杖つき出かける85歳 低年金問題、財源にハードルも
高齢者の暮らしも課題が山積している。その一つが低年金の問題だ。高齢者の割合が増え、若い世代が減るという人口構造が変わらないなか、医療や介護を含めた社会保障をめぐる負担の議論は避けられない。
■ひと月の受給額、9万3千円
「値下げ品が多い。お肉なんかは冷凍しておけばもつの」
10月上旬、埼玉県春日部市に住む女性(85)は、自宅の冷凍庫から豚肉を取り出した。2カ月ほど前に買った200グラム入りのパックには、割引シールが付いていた。
収入は年金のみ。基礎年金(国民年金)と厚生年金をあわせて、ひと月の受給額は9万3千円ほどだ。
18歳で高校を卒業した後、水道関係の会社に就職した。2年で辞めて飲食店で働き、29歳で結婚。専業主婦となった。
夫と離婚し、再び働き出したのは40代後半。「ちゃんと厚生年金に入って働いたのは十数年の間」と女性は言う。
住んでいる団地の家賃は4万5千円。残りの約4万8千円から光熱費や食費などを捻出している。
介護サービスの費用も月6千円ほど払う。7年前に転倒して手足を骨折し、出歩く時には歩行器や杖が欠かせない。それでも女性は、「歩けるようになれば、何とかなると思うの」と笑みを浮かべる。
週に1回ほど、リハビリを兼ねて1時間弱歩き、食料品店に向かう。形のそろわない野菜など、大手スーパーの価格の3分の2程度で買える。
ただ、「本当にギリギリ。長い間、お洋服も買っていないし、髪も自分で切って結んでいる」とも漏らす。
長男から同居を提案されたが、「息子には家のローンもあるし、子どももいる」と、迷惑をかけたくなくて断った。
「元気でいることが、心配する息子のため。この状況でも暮らせているから不思議」
■「シングル、女性はリスク高く」
老後の生活をどう支えるのか。多くの高齢者にとって、収入の大部分を占める公的年金が頼りだ。
平均的な賃金で40年間働いた夫と専業主婦の夫婦2人が受け取れる「モデル年金」は、基礎年金と厚生年金を合わせて今年度は月約23万円。一方、基礎年金の場合、40年間納めても、今年度の受給額は月約6万8千円にとどまる。
ニッセイ基礎研究所の坊美生子・准主任研究員は、年金を受給する女性の半分近くが離婚や死別などで単身になっていると指摘。「モデル年金は夫婦2人なら暮らせるという想定だったが、時代遅れの感覚。シングルだと低年金になるリスクが高まる。特に女性はリスクが高く、備えが必要だ」と話す。
ただ、公的年金の見通しは楽観できない。
7月に公表された公的年金の将来見通しによると、働く人の数や賃金上昇のペースが鈍いと想定したケースで、年金の給付水準は今よりも約2割減少する。
現役世代の手取り収入に対して年金をどれくらいもらえるかを示す「所得代替率」は、現在の61.2%から、2057年度に50.4%まで下がる見通し。特に基礎年金の低下が顕著で、36.2%から25.5%まで下落する。
目減りが見込まれる基礎年金への対応が急がれる。石破茂首相も今月7日の代表質問で「基礎年金水準の確保といった観点から、年末に向けて制度見直しの議論を進める」と述べた。
■基礎年金の底上げ策、必要な兆円単位の財源
厚生労働省は基礎年金の底上げ策として、会社員らが入る厚生年金の積立金を使う案を検討している。この方策だと、厚生年金の報酬比例部分と合わせた全体の所得代替率は、5.8ポイント増の56.2%に上がる。
だが、財源が大きな課題だ。支給する基礎年金の半分は国の税金のため、将来的に兆円単位での財源確保が必要になる。
厚労省は当初、基礎年金の保険料の納付期間を、現行の40年から45年に延長する案も検討していた。だが、年金額は増えるものの、保険料負担が増えることに反発が大きく、来年の制度改正では見送る方針を固めている。
パートなどの短時間労働者を、給付の手厚い厚生年金の加入対象にすることで、年金の受給額を引き上げようとする動きも続く。「従業員101人以上の企業で週20時間以上働き、月収8万8千円以上」という対象の基準について、政府は今年10月から「従業員51人以上」に拡大。さらに対象を広げる方針だ。
年金や医療、介護にかかる社会保障費をどう工面するのかは、大きな課題だ。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、65歳以上の高齢者の人口がピークを迎えるのは2043年で約4千万人。その約10年後に75歳以上の後期高齢者は約2500万人に達する。
医療や介護などにあてる社会保障給付費は、24年度時点で137.8兆円(予算ベース)だが、厚生労働省や財務省などが18年に公表した試算では、40年度に約190兆円まで膨らむ。
■減少する現役世代の支え手、負担重く
一方、出生数は下げ止まらず、高齢者に対する支え手の割合は減っていく。
現役世代の負担は重くなっている。財務省によると、個人や企業などの収入をあわせた国民所得に対する社会保険の負担割合は、13.0%だった00年度から、24年度には18.4%に達する見通しだ。税も加えると負担割合は45.1%となる。
特に「後期高齢者医療制度」は、医療費の4割が現役世代の保険料で賄われており、その額は6兆6989億円(22年度)に及ぶ。
今回の衆院選では「現役世代の負担軽減」を公約に掲げる政党も。石破茂首相は、就任直後の国会答弁で、岸田政権の路線を継承し、現役世代だけでなく高齢世代にも支え手としての負担を求めていく「全世代型社会保障」を推し進めるとした。
ただ、公的年金の充実や現役世代の負担軽減のための財源捻出は容易ではない。
これまで政府は、世代を問わず、支払い能力に応じた「応能負担」を求める施策を実施。高齢者の窓口負担割合を引き上げたり、医療や介護サービスを見直したりしてきた。
22年10月には一部の後期高齢者の医療の窓口負担を2割に。今年度からは、現役世代から後期高齢者への「仕送り」額の伸びを抑える仕組みを導入した。それでも抜本的な歳出削減にはなっていない。
少子化対策の財源確保のため、すでに高齢世代の医療・介護の窓口負担割合の見直しや、保険料に金融所得・金融資産を反映させるといった項目が、今後の制度改正の候補として検討されている。いずれもハードルが高く、財源捻出はいっそう困難になりつつある。
■厳しい財政、各党の政策は
社会保障をめぐる財政の厳しい状況が続くなか、自民は安定財源の必要性を訴え、支払い能力に応じた負担を求めていく方針。公明や立憲は、制度の持続可能性を訴求。共産は、高所得者の保険料優遇を見直すとしている。
維新や国民は、高齢者の医療窓口負担引き上げによって、現役世代の負担減を訴える。れいわは長期的に累進性の高い税制度への転換、社民は大企業への課税、参政は無駄な医療費の削減などを掲げている。