小幡淳一

盛岡総局
専門・関心分野事件、調査報道、スポーツ、料理

現在の仕事や担当

岩手県内の警察司法のほか、「カシオペア連邦」と称される県北部、時には青森、秋田県でも取材しています。趣味のランニングの年間走行距離は7000キロ超。毎朝、ビニール袋とトングを持ってゴミを拾い集めながらランニングするプロギングを続けています。
各地を走って感じたこと、気がついたこと、まさに足で稼いだネタを記事やSNSで発信しています。フットワーク軽く、発表に頼らない独自の視点で取材を進めます。

バックグラウンド

新聞記者として働き始めたのは1993年。十勝毎日新聞、読売新聞を経て2000年に入社し、警察庁や警視庁、東京地検特捜部、調査報道などを担当。社会部や芸能担当のデスクの経験も。盛岡総局の前はビジネス部門で、SDGs関連のオウンドメディアの運用のほか、千葉県内の住宅展示場の管理運営、通信販売部門の仕入れや在庫管理などに携わっていました。
毎日包丁を握る料理好き。「ももいろクローバーZ」のしおりん推し。ペットは20年近く一緒に暮らすカメとイモリ2匹。家庭菜園研究中。

仕事で大切にしていること

世の中で今、何が起きているのか。困ったことや、悲しいことが起きていないか。笑顔があふれるように、社会に目を向け、耳を傾けていきたいと思います。

タイムライン

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悩み抱える高齢者3人から800万円超だまし取った疑い 僧侶を逮捕

 山形県酒田市の宗教法人「大日院」をめぐる「霊感商法」事件で、岩手、山形両県警の合同捜査本部は17日、僧侶の真鍋明夫容疑者(67)=福島市東中央2丁目=を詐欺容疑で再逮捕し、発表した。捜査に支障があるとして、認否は明らかにしていない。  岩手県警生活環境課によると、真鍋容疑者は大日院副管長の宗像法照(ほうしょう)と名乗り、22年6月ごろから今年3月ごろにかけ、一関市と山形県寒河江市で、祈禱(きとう)名目で金銭をだまし取ろうと計画。一関市の無職男性(84)ら計3人に対し、「悪い因縁や原因を取り除くため、(大日院とは無関係の)有名寺院に祈禱させる」などと持ちかけ、祈禱料として計八百数十万円をだまし取った疑いがある。  真鍋容疑者は先月、祈禱の依頼を受けた際、法律で定められた契約に関する書面を交付しなかった特定商取引法違反(書面不交付)の疑いで逮捕された。  大日院は2015年以降、東北各地で毎週のように相談会を開催し、病気や家族のことなどで悩みを抱える高齢者ら330人以上から4億円以上集めていたとされる。県警は捜査の過程で、真鍋容疑者が関西地方にある有名寺院の名前を相談者に伝え、信じ込ませていたと判断。その場で現金を受け取っており、詐欺容疑での立件に踏み切った。  同課には大日院と関わりのあった相談者からの問い合わせが相次いでいるといい、実態の解明を進めている。

悩み抱える高齢者3人から800万円超だまし取った疑い 僧侶を逮捕

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80年代流行、長く細いスキー板ずらり 菊池雄星も通った名店は今

 かつて、アルペンスキーの上級者たちは身の丈をはるかに超える長いスキー板を使っていた。長ければ長いほど、かっこよかった。カービングスキーが主流の今では考えられない長さだ。そんな1980年代に大流行した「昔のスキー」をショーケースに並べているスポーツ店が岩手県紫波町日詰にある。  ロシニョール、チロリア、ミズノ……。「懐かしいなあ」「値段が高くて手が出せなかったのを思い出すよ」。道行く人々が足を止め、見入っている。  目をひく細さ。直線的な形状。2メートルを超えるものもある。よく見ると、「¥99900」などと値札が貼られ、メーカーに「品質保証、保険補償」を申し込む書類が添付されている。すべて新品。全部で12セットある。  「もう、売っている人も、使っている人もいないでしょう。貴重なスキー板を多くの人に見てもらって、喜んで欲しいと思って」と話すのは「原スポーツ」の原修さん(87)。昨年の夏、倉庫に眠っていた在庫を見つけ、展示することにしたという。もちろん、希望があれば販売する。  店の歴史は古い。もともとは周辺の農家を回って漆器やおわんを売り歩く商売をしていた。幹線道路沿いの町の中心部に店舗を構えると、げたを売り始めた。現在も店内の半分は長靴や運動靴などが並ぶ。  先代から店を引き継いだ原さんは約50年前、東京のミズノと取引を始め、スポーツ用品を扱うようになった。野球のグラブは最高の品質にこだわった。一生ものを買い求めに今も各地からお客さんが訪れる。  米大リーグ・アストロズの菊池雄星投手は中学時代、盛岡市の自宅から自転車で1時間かけてやってきた。店内には会員証を発行した際の申込書が飾られている。  スキーブームが到来した80年代。町内でも愛好家が増え、バスを連ねて大人も子どももスキー場に行った。店では1シーズンに100本から200本のスキー板が売れ、プロの選手やスキー検定1級を目指すような上級者たちも訪れた。  大型店の進出に伴い、約40年前にスキー用品の扱いは終わったが、当時、最高級品だったスキー板は大切に残していた。原さんはあの頃に思いをはせた詩をつづり、ショーケースに一緒に飾った。  原さんと妻の昌さん(82)は靴やスポーツ用品を通じ、地域の人々を支え、その歩みを見続けてきた。部活に打ち込んでいた中高生が、やがて大人になり、我が子を連れてくることもあった。  「お客さんが喜んでくれるように、きめ細かいサービスを心がけてやってきた。『よかったよ』と言われるとうれしいし、健康のためにもいいからね」と夫婦でほほえんだ。

80年代流行、長く細いスキー板ずらり 菊池雄星も通った名店は今
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