山本悠理

デジタル企画報道部
専門・関心分野現代詩、現代思想、演劇・演芸、法律学

現在の仕事・担当

朝日新聞デジタルを主な舞台に、一人ひとりの「人生の物語」を取材しています。この社会に抱える生きづらさや葛藤、苦難にあっても歩み出そうとする人の光明などを、記事に刻んでいきます。

バックグラウンド

1991年、ドイツ生まれ埼玉育ち。学生時代に「詩人になる」と志し、社会と関わる道として、人の言葉にふれる記者を選びました。2014年に入社。新潟、山口で勤務後に、文化くらし報道部では現代詩をはじめとする文芸、論壇、演劇・演芸などを担当。さらに編集者を経て現職。敬愛する詩人は、石原吉郎とシンボルスカ。

仕事で大切にしていること

あらゆる人の中に、「まことのことば」が息づいている。記者として様々な人の思い、歴史、事象と関わるなかで、その思いは深まってゆくばかりです。
【言葉は厳密にもちいねばならぬ。詩を書くことが生きることへの確証であるなら。】(石原吉郎)
この一節にある「詩」を「記事」に置き換え、言葉を紡ぐことの重さをかみしめています。

論文・論考

  • 『なぜ、私たちは書くのか 誰に向けて書くのか ―いま「記者」を考える―』(「Message@pen」2023年8月2日)
  • 『「お祭り騒ぎ」だけで本当にいいのか 踏みとどまって考えたシベリア抑留』(「Journalism」2017年2月号)

タイムライン

記事を書きました

用水路で見つかった2歳の娘 母は歩む「ごめんね」と言える時まで

 2014年5月10日、日が落ちたころだった。新潟市内にある自宅から、数百メートル離れた農業用水路の中で、女性(44)の長女は見つかった。  「あの子が見当たらないんだ」。家族から連絡を受け、女性は職場から急いで駆けつけ、近所を捜し回っていた。  昼過ぎまで家の中で遊んでいたが、その後、行方が分からなくなった。家族の目が離れた隙に外へ出て、自宅近くを流れる用水路に落ちてしまったようだった。  娘はもうすぐ3歳の誕生日を迎えるところだった。  しばらく経って、娘が見つかった場所を、事故の後はじめて訪れた。用水路に流れる水を何度も手にすくっては、口に運んだ。  水が汚いね。ごめんね……。  水に体を浸し、しばらくの間、一人で泣いた。  事故の以前から、簡単に人が落ちそうな用水路に、危うさを感じてはいた。事故を防げなかった自責の念にかられ、娘の死を受け止められなかった。  そんな姿を見かねた友人が、声をかけてくれた。  「署名するなら手伝うよ」  調べてみると、県内にはいくつも、同じように人が落ちるおそれのある、むき出しの用水路があった。  女性は夫や友人らと会を立ち上げ、活動を始めた。県内の危険な用水路に柵やフタなどの安全措置を公費で施すよう行政に求めるため、各地で署名を呼びかけた。  近くの幼稚園や小学校、大学を訪れては、経験を語った。  激励や慰めの言葉が寄せられる一方で、「親の責任」と署名用紙に書かれたことも。  「そういうの、当事者がやることじゃないんじゃない?」。ある日、そう言われて、女性は叫んだ。  「こんなことでもしないと、生きていけないんです!」  15年春、泉田裕彦県知事(当時)に向け、8千筆余りの署名を集めて、担当者に渡した。事故から1年が経過し、県内各地の危険な地点で、柵や注意を呼びかける看板の設置は進んだようだった。経緯はニュースで報じられた。「行政を動かしましたね」。そんな声もかけられた。 ■「なんで、起きちゃったんだろう」 消えない悲しみ  対策が進んでも、娘は戻ってこない。活動が一段落しようと、悲しみが消えることはなかった。  娘は、ときどき夢に現れた。そして眠りから覚めると、泣いた。「なんで私、起きちゃったんだろう」  中学生になった息子は、徐々に学校に行かなくなった。理由を尋ねると、彼は答えた。  「どうせ、頑張っても死ぬから」  胸をえぐられた。  少しずつ顔を上げられるようになったのは、新たな命を授かってからだ。  事故の後、三男、四男が生まれた。小さな子どもたちを世話するため、心にムチを打ってでも動かなければならなかった。  ふとした時に沈んでいると、次男は「ママ、泣いてない?」と助けを出してくれた。  「オレがいるだろ」。ぶっきらぼうながら、長男もそんな風に、声をかけてくれた。  2021年からは友人の誘いでヘルパーの仕事を始めた。仕事の合間に勉強を続け、研修を受け直して今年4月、かつての仕事だったケアマネジャーに復帰した。  やめていた音楽も、再開した。  結婚して新潟に来る前、東京の専門学校で声楽を習っていた。「いつか、ソプラノ歌手になってほしいな」。亡くなった娘の名前には、そんな思いを込めていた。  「頑張って歌ってくるね」。デイサービスのボランティアで歌を披露する前に、心の中で娘に語りかけた。  居間の祭壇には、娘のお骨。離ればなれになってしまう気がして、まだ動かすことはできない。「ねぇね、お菓子ちょうだい」。下の子がお供え物をもらおうとする時には、そう声をかけてゆく。 ■いつかその時が来るまで 二つの気持ち抱きながら  日常の風景は10年で変わった。けれども、新たに歩み出したわけではない。  子どもたちが寝静まったあと、心がのみ込まれそうになるとスマホの画面を見て気を紛らわす。外出先で涙が出そうになったら、ぎゅっと手の甲をつねって、こらえる。  子どもがケガをしたり病気したりすると、それだけで取り乱す。息子の通う高校から「登校していません」と連絡を受けた日は、後で無事を知って泣きじゃくった。  あの子が生きていたら、もういくつ――。周りからそう言われると、分かっていても苦しくなる。「死んだらそこで、その人の時間は止まってしまうのだから」  いつまで続くのか……。自分が不幸の底にいるように感じることがある。そんな時、4人の息子たちが並ぶ写真をながめ、彼らに囲まれている幸せに気づかされもする。  きっとこれからも、二つの気持ちは分かちがたく続いてゆくのだろう。息子たちがいなければ、生きてこられなかった。「じゃあ、この子たちに、私は何が出来るんだろう」  答えは出ない。ただ一つ言えるのは、毎日を懸命に生きるということだけだ。  そうして、いつかその時が来たら、向こうで娘に謝りたい。  一人にして、ごめんねって。         ◇ ■地球10周分の用水路 「目を離さないで」だけでは防げない事故  警察庁の「水難の概況」によると、用水路で発生した死者・行方不明者は、2023年に75人。ここ数年、およそ60~70人で推移している。中学生以下の子どもに限ってみれば、23年は0人で、この数年も年2~4人ほどだ。  ただし、水難学会の斎藤秀俊理事(長岡技術科学大教授)によれば、用水路に落ちて亡くなるなどした被害の実数は、さらに多い可能性があるという。水のない時期に用水路に落ちたために「水難」と数えられなかったり、転落したまま川や海に流されたりする事例もある。「用水路」そのものの事故に対する統一した集計はない。  国内を流れる農業用水路の総延長は合計40万キロ、地球10周分と言われる。「それに全て柵や網をかけることは現実的ではない」と斎藤さんは話す。各地で宅地化が進んだ結果、用水路が新興住宅地の中を巡っている場所が増え、危険性に対する認識が薄いまま暮らす住民も多い。用水路を利用してきた農家と住民たちとの間で合意形成が進まず、効果的な対策を打てないケースもある。  「たとえば子どもを連れて地方に帰省した際、近くを流れる用水路に気づかないまま子どもを遊ばせていて、ということもあり得る。誰しもが自分事として捉えてほしい問題だ」と斎藤さんは指摘する。  子どもの事故予防に取り組むNPO法人「Safe Kids Japan」理事長で小児科医の山中龍宏さんは、「用水路は水量や流れる速度の変化が激しく、ある時期リスクが跳ね上がることもある。口と鼻が水につかり、数分も経てば死亡率は50%程度になる。水が少ないから安全というものでもない」と話す。  特に3~4歳くらいまでの子どもは、自分で家の鍵を開けたり、長距離を歩けたりするようになる一方で、危険性を認識することは難しく、注意が必要だという。「水の中に面白そうなものを見つけてのぞき込んでしまう、あるいは、はいていたサンダルを落とし、拾おうとして水に入ってしまう。そんなちょっとしたことで、用水路の事故が起きる可能性がある」  その上で「あらゆる場面を想定し、常に注意を払って生活するのは難しい。子どもから目を離さないよう注意を呼びかけるだけでは、事故は防げない」と山中さんは強調する。  「子どもが一定の距離以上離れたり、特定の地点に近づいたりしたらアラームが鳴るアプリを作り、子どものいる世帯に導入してもらうといった対策もできるだろう。地域によって抱えるリスクは異なるから、自治体と消防、地元企業などの連携も必要だ」  「極端に言えば、保護者が気を配らなくても、何も問題が起きない社会を作るべきだ。保護者に任せきりにするのではなく、テクノロジーを活用しながら、各自が知恵を絞らなければならない」と山中さんは話す。         ◇  ご意見をdkh@asahi.comまでお寄せください。

用水路で見つかった2歳の娘 母は歩む「ごめんね」と言える時まで

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孤独のリスク、可視化されないミドル期 「まずは動いて」と社会学者

 都心でひとり暮らしする35~64歳の現役世代の中には、豊かさと自由を享受している人がいる一方で、「孤独」がもたらすリスクにさらされている人も少なくない――。そう指摘するのは、社会学者の宮本みち子・放送大学名誉教授だ。調査をもとに「東京ミドル期シングルの衝撃」を出版した宮本さんに、孤独とのつきあい方を聞いた。  ――「単身世帯」「孤独」というと、メディアもまずは高齢者を取り上げます。ミドル期の孤独に関心を持ったきっかけは?  日本で「ひとり暮らし」は38%を占めますがここ数年、高齢者だけでなく現役世代でも増えています。東京区部はその先端を歩んでおり、ミドル期人口の3割弱がシングルです。出生率は全国最下位です。  この数は今後も増加が続くと予想されており、ひとり暮らしがマジョリティーになることが日本社会をどう変えるのか、総合的に捉える必要があります。  しかし行政は現役世代には無関心で、政策対象から抜け落ちています。地域から孤立し、身内が少なく、将来に不安を抱える人が増えている現実にかかわらなくていいのか、という危機感が背後にありました。  ――危機感とは?  一つは、社会的に孤立し、悩みがあっても相談する先がないシングルの現在と将来です。もう一つは、社会関係が希薄なシングルが多数を占める大都市への懸念です。  私たちは、東京23区にかかわる課題について考える特別区長会調査研究機構のプロジェクトで調査を実施し、回収された約2600人のシングルの生活と意識を明らかにし、インタビューも行いました。  とくに女性に多かったのですが「転職を重ねるうちに収入が減ってきた」「今のままでは老後の貯金がなく、家賃も払えなくなるのではないか」という不安を訴える人が少なくありませんでした。  体調不良をきっかけにひとり暮らしのリスクに気づく人もいます。ある女性はがんの治療後、体調が優れず、ときどき友人が食事を持って訪ねてきてくれるけれど、孤独と不安を感じると話していました。 ■お金、健康、仕事…もっとも電話相談が多いのは40代  ――悩んでいる人は多くても、周囲にはなかなか相談しづらいテーマです。  私は厚生労働省が補助している24時間電話相談事業の「よりそいホットライン」の評価委員を長く務めていますが、実は相談が一番多い年齢層は40代です。お金、健康、仕事、家族関係が絡み合った相談内容が多く、つらい悩みを抱え孤立している人たちがこんなに多いのかと感じます。  当初、相談者は高齢者が多いと予想していたのですが、それほどでもなかったのは、おそらく介護保険制度のネットワークがあるからだと思います。  それに比べると、ミドル期は潜在的リスクがあっても制度のはざまに置かれているため、可視化されにくい。問題を抱えていても、解決に至らない人が少なくのです。  ――当事者自身、そのリスクに気づきにくいですね。  仕事があり、友人がいて、親も元気なうちは、社会からの孤立や孤独をあまり感じないかもしれません。でも、それを維持できなくなったときにどうするかを前もって考えておく必要はあります。  現在の高齢ひとり暮らしの過半数は女性で、この方たちの多くは配偶者に先立たれた方です。持ち家率が高く、遺族年金を受給している方が多いにもかかわらず、半数近くが貧困世帯だと言われます。  次に続く世代は、未婚や離婚によるひとり暮らしが多くなり、安定した老後の保障が少ない方がずっと多くなるはずです。未婚や離婚は、男性の方がさらに多いでしょう。ミドル期の賃貸住宅居住者は6割強です。収入の不安と並び、住宅の不安を軽視することはできません。 ■人間関係が職場だけ 孤独のリスク、高い男性  ――著書の中で、ミドル期の女性より男性の方が孤立・孤独のリスクが高いと繰り返し述べています。  ひとり暮らしは、孤立・孤独という問題を抱えやすいのですが、その傾向は男性でより顕著です。女性は実家の親と連絡をとりあい、男性より友人や知人との関係を築いている人が多くいます。  ところが男性は、職場関係に限られる傾向が強く、困った時に頼れる人をあげることができない人が多いのです。性別で役割を分けようとする意識は、家庭をもっている男性だけでなく、シングルの男性にも共通にあると思われます。  老後も含めて、いざという時は「公的サービス」に頼ると答える人が男性には多いのですが、公的サービスが、増加する男性シングルのニーズに応えられるのだろうかと懸念しています。  ――日本では核家族に代わる「親密圏」が発達してこなかったことが、孤独が広がる背景にあるとも指摘しています。  親密圏とは、他者と自分とが、関心と配慮によって結びつく持続的な関係性を指す用語です。他者の生命・身体への配慮が人と人とをつなぐ関係性で、相互に支え合うことのできる関係であることに特徴があります。親密圏の範囲は工業化が進むにつれて狭くなり、夫婦と子どもによる核家族へと収斂(しゅうれん)してきたのですが、近年、さらに狭まっています。  日本では高度成長期ぐらいまでは、高い婚姻率と低い離婚率が特徴で、子どもを産むのがあたり前の社会でした。その時代が終わり、親密圏に大きな変化が生じています。孤独の問題は、親密圏の変容と大きくかかわっています。 ■今も残る家父長的家族のしがらみ  ――それは日本以外の国でも同じではないでしょうか。  確かにシングル化に伴う孤独は同様に進んでいます。ただ、欧米では結婚の多様化が進み、ステップファミリー、事実婚、別居婚、同性婚などの形でさまざまな親密圏が生まれました。親密圏が多様化しているだけ親密圏をもつことが容易で、孤立しにくいといえるかもしれません。  一方で日本は、今もなお残る家父長的家族のしがらみから逃げたいという意識と、性別役割分業を基本とする標準的核家族から自由になりたいという意識が、共に非婚化の動因になっています。ところが政治を始め、新しい結婚の形を求める機運は弱いままです。その結果、非婚化がここまで進んだと言えます。  ――ミドル期シングルの孤独を解消する策の一つとして、地域にゆるやかなつながりを持つことを挙げています。ただ、そもそもこうしたしがらみから離れたいと考えている人が多いのではないでしょうか。  それはそうなのですが、あらゆるしがらみから解放されて自由に生き続ける人生でいいのかと、立ち止まって考える必要があります。たとえ結婚という形を選ばないとしても、それに代わる親密圏は必要ではないでしょうか。  また、職場と親密圏の間の中間圏も必要です。地域共同体の「強い絆」ではなくゆるやかな「弱い絆」は誰にとっても必要だと思います。調査からは、地域の人と知り合う場としてスポーツジムがあがっていました。趣味の集まりとか、志を一にする人たちでつくる仲間をもっている人もいて、暮らしを豊かにしていました。 ■身内以外の人にも助けを求めて  ――ただ、そこで顔見知りになった人が親密圏になるのかと言えば、違うと思います。  それはその通りで、日本の文化が柔軟な結婚や家族へと変わっていくことを期待しています。ただ、シングル化の波は続くことでしょう。その場合、病気や事故や困窮した時、親密圏を代替するサービスはどうやって得ることができるでしょうか。  シングルのなかには、誰一人話をする人がいない、困った時に相談する人がいないというような方もいます。こういう状態の人が多いのが大都市だとすると、放置することはできないでしょう。  家族というものに頼れない人が多くなっている社会では、家族機能を代替する行為が不可欠になります。子どものいない方でも子どもたちのためにやれることはあるし、話し相手を求めている方のために時間を割くことはできるでしょう。  ちょっとしたサポートをだれでもが引き受ける社会をつくれば、困った時には誰かが自分を助けてくれると信じられると思います。人の役に立つ行為をすればやがて自分に回ってくると思うのです。  街づくりも変える必要があります。そこへ行けば顔見知りの人がいて、ちょっとした言葉を交わすことができる場があちこちにあれば、孤独に陥る人は減るはずです。困った時に情報を教えてくれる人がいることも重要です。  日本人は身内以外の人に助けを求めるのがとても苦手ですが、その常識や慣習を変えていかなければならないと思います。  ――「孤独」に備えたい人が、できることはありますか。  一番孤独なのはどういう人かと言えば、身内とも友人や知人とも縁が薄い人です。これは、明らかに仕事や収入の安定性と関係しています。生きるのに精いっぱいで身内との交信や友人と交際する余裕もなかった人が、孤立と孤独を抱えた状態でいます。  仕事以外の役割を持ち、どこかに飛び込んでみる。そこで何か言葉を交わしてみる。勇気をもって助けを求める。まずは行動を起こすことが大事だと思います。      ◇  みやもと・みちこ 1947年、長野県生まれ。専門は生活保障論、若者政策論、家族社会研究。国の労働政策審議会や社会保障審議会の委員などを歴任。共編著に「下層化する女性たち」「アンダークラス化する若者たち」など。

孤独のリスク、可視化されないミドル期 「まずは動いて」と社会学者

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40代の孤独は耐えがたいのか 管理職女性が探す幸せのロールモデル

 2月、女性は40歳を迎えた。  20代のころ、特に社会に出てからは、どこかに生きづらさを感じていた。  メディアでは「女子力」という言葉が盛んに流れ、食事を作ったり家事をしたりするのが苦手な自分はダメだと言われているようだった。  合コンに誘われていけば、見た目が華やかで、男性をもり立てるのがうまい友人ばかりが露骨にもてはやされた。  「私は、他の人みたいにはできないな」。社会から求められる「女子」にはなれそうもないことに、劣等感を抱いていた。  30代に入ったあたりで、職場の同僚や学生時代の友人が、次々と結婚した。  はじめは焦りも感じたが、彼女たちを見送るうちに、少しずつ気持ちが楽になっていった。  「女性は30歳までに結婚しないと」。無意識に上がっていた「土俵」から、ようやく降りたような気がした。  両親は「やっぱり自分の子はかわいいよ」と言って、結婚相談所に登録する資金を出そうとしてきたり、紹介話を持ちかけたりしてきたが、すべて断った。  元から、子どもを持つ意欲はなかった。良い相手が見つかれば一緒になってもよいが、あえて無理をしようとも思わなかった。  「『恋愛対象』や『結婚相手』のフェーズから、もう私は完全に外れたんだな」。35歳を過ぎると、周囲からのプレッシャーも感じなくなった。 ■老齢の父が見つめた「はじめてのおつかい」  20代のころと比べると、定期的に会う友人の数は「2割くらい」に減った。家庭を持った人たちとは話題が合わず、主に独身で、価値観の合う仲間が周りに残った。内気で、人と打ち解けるまでにストレスを抱くため、むしろ居心地は良くなった。  そうして、2月に40歳になった。  いまはメーカーの管理職として働く。収入は同年代の平均を大きく超え、過度なぜいたくさえしなければ、これといった不自由はない。  時間があれば、友人とアフタヌーンティーを楽しんだり、映画館に行ったりする。以前の職場で知り合った親友とは年に1、2度ほど旅行を楽しみ、たまに母親と海外を回ることだってある。  現在の生活には満足している。それでも、一人でいる時に、ふと寂しさを感じる。  いまはアパートに一人暮らし。自分以外に人気のない寝室で、「もし病気で働けなくなったら……」と考えることがある。  気の置けない友人にめぐまれてはいるが、何かあったとき、長期で身の回りの世話をしてもらうことは出来ない。数年前から、サービス付き高齢者向け住宅の入居費用を調べ、貯金の計画を立てている。健康維持のため、パーソナルジムにも通い始めた。  ショッピングモールで親子連れを見かけたときなどは、自分では割り切っているつもりでも、老齢の両親に対する「申し訳なさ」が胸をよぎる。  母親は、自分の友人が孫と遊びに行ったことなどを折に触れて口にする。実家に戻ると、テレビで流れる「はじめてのおつかい」を、父親が食い入るように見ていたこともある。「両親なりに、私がいくつで結婚して、何年後には孫が生まれて、みたいなライフプランがあったのかも知れないな」  「自分が子を持つことはないのだから、せめて、どこかの子どもたちの力になれば」。半年ほど前から、困窮家庭の子どもたちに対する定額の寄付を始めた。給与から、毎月3千円を送るようにしている。 ■理想の暮らしは「阿佐ケ谷姉妹」  「40代の孤独は耐えがたい」  インターネットを見ていると、そんな言葉が、よく目に飛び込んでくる。  昔と比べ、一人で過ごす時間は増えた。ちょっとした生活の場面で、「孤独」が顔をのぞかせるのは確かだ。  けれどもそれは、結婚や出産を選択しなかった自分自身を愚かだと思ったり、責めたりする理由にはならない、と女性は感じる。  「結婚しない」という生き方もふつうだという認識は、近年でずいぶん深まってきた。にもかかわらず、結婚しない選択へのネガティブな側面が重々しく語られるのは「一人の生活を楽しんで、年をとって、幸せに人生を全うするところまでいったロールモデルが、この国にはまだ少ないから」なんじゃないかと思う。  40歳になって数カ月後。「私は有名人ではない。でも、下の世代の人たちが見て『こういう生き方もありだよね』と安心してもらえるように、年を重ねたい」。そうした思いをネットで発信すると、予想もしない大きな反響があった。  同世代からは共感の声。若い世代の「後輩」からは「こんな先輩がほしい」といったコメントが寄せられた。一方で、50代、60代の人たちからは「年を取ると、もっと人生が楽しくなるよ」という激励をもらった。  「家族」をもたない選択をした人生とどう向き合えば良いのか、多くの人がヒントを探しているんだ――。  いま女性が興味を持っているのは、お笑いコンビ「阿佐ケ谷姉妹」の生き方だ。50代の二人は都内のアパートに隣同士で住み、お互い気軽に行き来しながら、それぞれ一人の時間も大事に過ごしている。「家族に限らず、支え合える人がいることは素敵。友だちとも、いつかそんなチャンスがあれば良いな」  両親の介護が必要になったらどうするか。引退するまでに、いくらためておかなければならないのか……。  周りの人とつながりはあっても、そうした心の奥にある不安を打ち明けることはできない。現役世代の抱く「孤独」は、きっとそんなところにあるのだと、女性は感じる。  そしてそれは、自分でなんとかするしかない問題だとも思う。「『こんなコミュニティーがあります』と紹介されても、そこに価値観が合う人がいるかは分からない。無理してつながっても、幸せになれるんだろうか」  40代の孤独をどう乗り切るか、模索を続けているところだ。       ◇  働き盛りの35~64歳で、ひとり暮らしを選ぶ「ミドル期シングル」が増えている。特に、家族や地域のしがらみから解放されたいと考える人や、仕事を求める人が多く移動する東京都区部では、この層が人口の約3割を占める。移動者の婚姻率や出生率は低いため、この割合は今後も増えると予想されている。  ひとり暮らしは自由な生活を享受できる半面、職を失ったり病気になったりしたときに頼れる人がいない「孤独」や「孤立」のリスクが伴う。自分らしく生きるために、孤独のリスクを減らそうとする人々の姿を伝える。 またはdkh@asahi.comまでメールでお寄せください。

40代の孤独は耐えがたいのか 管理職女性が探す幸せのロールモデル
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