(フォーラム)いつまで働きますか?:3 70歳まで?

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 高年齢者雇用安定法の改正により、すべての企業に対して、70歳までの雇用確保が努力義務となっています。「70歳定年」や「定年廃止」に踏み切る大手企業も出てきました。この流れは、日本社会に定着するのでしょうか。あなたは、70歳まで働きますか?

 ■「必要とされるうちは…」、60歳以上が13% 明治安田生命、70歳定年へ

 「後輩から最近、70歳まで働くかどうか迷っている、という相談をよく受けます」

 こう語るのは、生命保険大手の明治安田生命事務オペレーション部で働く鈴木秀治さん(66)だ。

 同社は7月、2027年度から本人の希望に応じて定年を70歳まで延長する方針を発表した。週3日勤務や時短など、勤務日数や働き方を社員が選べるようになり、同じ職務であれば同じ賃金となるという。さらに退職金をもらう時期も選択でき、勤続年数に応じて支給額が増える予定だ。

 1981年入社の鈴木さんは、定年退職後、70歳までの継続雇用制度で嘱託社員として再雇用された。本社の営業教育部教習室長、4カ所の営業所長などを歴任した勤続40年以上の大ベテランだ。

 現在、同社で鈴木さんのように働く60歳以上のシニアは約1400人いる。全体の13%に上り、貴重な戦力になっている。

 鈴木さんによると、65歳以上も働きたいという後輩は、体感的に6割ほど。残りは「ゆっくりしたい」と退職を考えているという。

 働くにせよ、定年退職するにせよ、「人はいつ死ぬかわからない。仕事ばかりだけではダメ」とアドバイスしている。

 鈴木さんの死生観が一変したのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災だ。その日、仙台支社に出張しており、被災した。

 その後、お客さま対応の臨時チームを現地で4カ月、指揮した。いつものように朝、出かけて地震に遭遇し、亡くなった人の保険金手続きを多く手がけ、人生のはかなさを実感した。

 同年秋、山形の山寺を訪れた時、長い石段を途中で上れなくなり、狭心症と診断されて手術を受けた。「俺の人生、このままでいいのか」。それから休日は、趣味の写真撮影に没頭するようになり、コンクールで入賞するほどの腕になった。

 今年で67歳になるが、「必要とされるうちは働きたい」と語る。長く働くコツはオン、オフを完全に切り替えること、とも。

 桑原裕人・人事部人事室長補佐は、70歳定年について「ベテランの経験やスキルを大事にし、内部の人にできるだけ長く働いてほしい狙いがある」と話す。

 70歳定年によって組織が高齢化し、人件費が膨らみ、中間世代にポストが回らなくなるなどの不安の声はないのか。

 「下の世代からも好意的に受け止められています。社員のボリュームゾーンはバブル世代ですが、将来的に要員が減少していくため、人件費は中長期のスパンでみると大きな変化はありません」と桑原室長補佐は言う。同社は今年4月に年功序列を廃止し、20代で営業所長になるなど優秀な若手の早期登用にも取り組んでいる。

 平日は現役世代が働き、週末の営業、イベントはシニアが担当するといった新たな活躍領域も検討している。

 ■なくした「年功」、辞め時は社員次第 定年廃止したYKKグループ

 「定年廃止」に踏み切ったのはYKKグループだ。「一定の年齢で一律に退職をさせる定年制度は公正ではない」と同社は以前から考えており、2013年4月に定年を60歳から65歳に延長した後、21年4月に定年制度自体を廃止した。

 人事制度の見直しは、2代目社長の吉田忠裕氏により20年以上前から始められた。同社執行役員人事部長の寺田創さんは「社員には退職時期も含めて『自分の道や働き方は自分で決める』という自律を、会社は公正を追求することを20年以上かけて周知してきた」と語る。

 00年から年功色をはずした人事制度に移行し、07年には役割を軸とした成果・実力主義を採り入れた「ジョブ型」に近いシステムに変更。長年、運用してきた。

 現行制度になってから管理職の30~40代比率は以前より上昇したが、同じ等級にいる限り50代以上の社員も処遇は同じだという。また、在級年数が長い場合は役職を見直すなどして、組織の新陳代謝をはかる設計としている。

 定年廃止の対象となるYKKグループ(11社)の社員は約1万8千人に上り、退職時期を自分で決めて退職金も受け取ることができる。「60歳以上の社員に面談で意向を確認したところ、6割前後が継続して働くことを希望している」(寺田さん)という。

 65歳までに複数回にわたって就労意向などの面談を実施し、キャリアを継続するか否かは本人が自律的に決定する。64歳までの仕事と65歳以降の仕事は基本的に何も変わらない設計という。

 定年制廃止後に65歳になり、現在も働く社員は146人。会社の求める役割を果たす限り、いつまでも働くことができる。

 寺田さんは言う。「今まではキャリアを会社にゆだねるケースが多かったが、社員がキャリアを自律し、辞める時も自分で決める時代が来ています」

 ■欧米では禁止の定年制、議論必要に グロービス経営大学院経営研究科長・君島朋子さんに聞く

 将来の人口減を見越した国の旗振りで、70歳定年や定年廃止が現実味をおびてきました。グロービス経営大学院経営研究科長の君島朋子さんに展望を聞きました。

     ◇

 経済協力開発機構OECD)によると、加盟する38カ国のうち、年金開始年齢より早く企業が定年制を設けることを容認している国は日本と韓国だけです。米国や英国など欧州連合(EU)の多くの国では年齢差別に当たるとして定年制を禁止しています。

 一方、厚生労働省によると、日本企業の96%は定年制を定めており、66%の企業は定年年齢を60歳(2023年)と年金受給前にしている。少子高齢化による人手不足が喫緊の課題である日本に対し、OECDは定年制廃止、高齢者の雇用促進を提言しています。

 明治安田生命やYKKのように外で新たな人材を雇うより内部のシニアを有効活用したいと考える企業が増える半面、定年後も働きたいという人は多いので、需要と供給が合致しています。シニア市場は今後、拡大すると思います。

 これから日本企業がよりグローバルに人材活用を進めるに従い、定年制は海外の法に抵触するケースもあるので、廃止論も出てくるでしょう。日本では長年、定年で雇用調整する年功序列型の人事を多くの企業がやってきたので、慎重な議論が必要になると思います。

 一方で、シニアは経済状況、健康面、仕事の能力、意欲などが個々で異なります。人々の人材活用を促すために、勤務日数や時間を選べるといった選択肢を用意するなど、工夫をしないといい人材は集まらないでしょう。

 ■働けば出会いも/限界わからず、疲れた

 アンケートでは、回答者の半数が「70歳まで働きたい」と答えましたが、その理由で最も多かったのは「収入が必要だから」でした。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/206/で読むことができます。

 ●ボケ防止で働く 徳島県庁を定年退職し、4回の再就職を経て72歳で最終リタイアし、現在は時々ボランティアをしてのんびり過ごしています。スーパーで半額シールの商品を買ったりするのが日課です。現役の頃のプライドもあって再就職はつらいですが、健康とボケ防止のために必要。(徳島、男性、70代)

 ●働かないと暮らせない このままだと確実に「高齢になっても働かなくては暮らしていけない社会」になるんだろうなと悲観的に思っている。氷河期世代が高齢になるころには「働かない高齢者が困窮するのは自業自得」と非難される世の中になっていそうな気がする。(福岡、女性、40代)

 ●70歳まで働いた方が 1年ごとの契約で働き、9年目を迎える71歳です。子育ても終わり、40年住んだ一軒家を断捨離し、今はマンションで妻と2人住まい。死んだ時、一番お金持ちとなるのは避けたいので、健康なうちに楽しんでお金を使っていきたいと思います。仕事があれば、70歳まで働いた方がいい。頭も使うし、人との出会いもあります。(広島、男性、70代)

 ●国はサポートを 70歳まで元気に働いたとしても70代で亡くなる人もいるだろう。80代になると多くは要介護になるらしい。経済界や政府は70歳まで働くことを推奨するのならば、同時に終活や要介護になった場合の準備ができるようにサポートする必要があるのでは?(新潟、男性、60代)

 ●全力を尽くしても満足はない 限界まで働くと満足のいく退職ができるというのは、若い人のご意見。限界は自分でわかりません。真面目な人ほどまだできると考えた結果、いきなり倒れることもある。そばにいた家族がとめていればと後悔することも多い。私も全力で働いたが、満足できず、疲れ果てた。(愛知、男性、60代)

 ■《取材後記》画一的な人事制、見直しを

 大手企業の一部で「70歳定年」「定年廃止」が導入され、自民党総裁選でも日本型労働市場の改革が論議されている。一方で転職市場は成熟せず、中高年がリストラされても仕事がなかなか見つからない厳しい現実もある。

 50代というたそがれ時にさしかかった記者も、まさに当事者。いつまで働くのか。早期退職という選択はありか。キャリアを自律できるのか。リタイア後の本当の幸せとは何か……。

 取材しても迷路の出口が見つからないなか、現役からシニア世代まで読者から寄せられたご意見は一つの道しるべになった。

 2040年には、人口減で働き手が2割減る「8がけ社会」が到来する。多様な人材が働けるよう、雇用側は画一的な人事制を見直し、労働日数や時間、勤務のあり方などの選択肢を増やしてほしい。(森下香枝)

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 もりした・かえ 週刊文春の記者を経て2004年に入社。東京社会部、AERA dot.創刊編集長、週刊朝日編集長を歴任。現在は編集委員。ハーフタイム世代の働き方、終活などを担当。

 ◇編集委員・森下香枝が担当しました。

 ◇アンケート「クマと共に生きるには」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇来週29日は「まちの未来を考える」を掲載します。

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