(社説)取り調べ適正化 権利の保障なしには
黙秘権をはじめ、憲法上だれもがもつ権利が確実に守られる取り調べは、どうすれば実現できるのか。切実に考えさせる判決があった。
何人(なんぴと)も、自己に不利益な供述を強要されない。憲法はこう定める。拷問による著しい不正義があった歴史をふまえたものだ。
しかし、その理念は生かされていないのではないか。黙秘の意思を検察官に伝えた後も取り調べが続き、暴言を繰り返し受けたと元弁護士の男性が訴え、東京地裁が国に110万円の賠償を命じた。
男性は、交通事故に絡み、警察にうそを説明するよう別の男性に頼んだ犯人隠避教唆罪で有罪が確定した。その事件での検察官の取り調べが、今回の裁判で問題になった。
刑事訴訟法は、検察官などは取り調べの際、黙秘権を容疑者に告げなければならないと定める。取調官は、この権利を確保する存在でもある。
だが今回、「あなたの言ってる黙秘権ってなんなんですか、全然理解できない」といった発言を検察官が重ねた。「黙秘を不当に非難し、黙秘権保障の趣旨に反する」との判決の指摘は極めて重い。
黙秘を表明した後も取り調べを続けること自体は違法と認められなかったが、実質的に黙秘を阻むような行動は許されるものではない。
判決は、検察官が男性の弁護士としての資質などについて侮辱的な表現を繰り返し、人格権を侵害したと認めた。いくら有罪を得ても、人権侵害の取り調べに支えられていては、捜査の正当性は根底から失われる。検察当局は同様の実務がされていないか、精査しなければならない。
密室での取り調べで、供述の誘導や威迫があると指摘されて久しい。しかし取り調べの違法を容疑者側が指摘しても「言った」「言わない」となりうやむやにされがちだ。
今回は、19年施行の改正刑事訴訟法で導入された逮捕・勾留下での取り調べの録音・録画制度により、検察側が記録した映像が証拠となったのが決定的だった。業務上横領罪に問われ無罪になった大阪の不動産会社元社長が起こした裁判などでも、証拠として採用された。捜査の適正化を民事裁判を通じても図っていく動きとして評価できる。
ただ、録音・録画の義務づけは、重大事件を中心に起訴された事件の3%程度にすぎない。改正刑訴法については法務省の協議会が必要な見直しを検討中だ。対象事件拡大と併せ、取り調べ中の容疑者が弁護士の助言を受ける権利を実質化するなど、捜査に外の目を入れる方策も必須だ…
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