(フォーラム)就活に「オヤカク」必要?:2 背景は
新卒の就職活動で、企業が保護者に内定の確認をする「オヤカク」や、保護者向けに実施する説明会(オリエンテーション)「オヤオリ」。そうした対策が今、多くの企業に広がる背景とは。オヤカクをしたことがある識者や、採用担当者らの声から考えます。
■「ここで働きたい」親子で思える情報示して 千葉商科大学国際教養学部准教授・常見陽平さん
親が子どもの就職活動に関わる背景にはどのような事情があるのでしょうか。学生の就職活動事情に詳しい、千葉商科大学国際教養学部准教授の常見陽平さん(50)に聞きました。
◇
僕が民間企業で人事として新卒採用にも携わっていた20年近く前は、就職氷河期とリーマン・ショックの間の「空前の売り手市場」でした。内定者が入社意思を固めてくれるよう現役社員との酒食の席を設けて会社の魅力を伝える“接待”も珍しくなかった。親対策も、そんな必死のつなぎとめの一つでした。
「お子さんはこういった理由で弊社を志望しています。弊社としてはこのような理由で一緒に働きたいです」といった手紙を送ったり、女性が働き続けやすい職場づくりを説明したり。保護者に安心感を持ってもらうためでした。実際、いま活躍する社員の中には、保護者を口説き落として入社してもらった人もいます。
■保護者は酸いも甘いも
保護者が就活に関わると、「親から自立できていない」「親に依存している」などと思われがちですが、自立していても親子の関係性が深ければ、親の一言で決断が揺らぐ可能性は高いと考えます。自立か依存かの話ではなく、関係性の深さの話です。
いまは大学で学生の就活支援や保護者対象のセミナーに携わるなかで、保護者の関心の高まりを実感しています。我が子の将来に関わるだけに時代を問わない関心事なのですが、いまの大学生の親はおおよそ50代で日本経済の酸いも甘いも経験している。僕もロスジェネ世代なので、10代後半でバブルがはじけ、信じていたものが崩れた経験を共有しています。就活で苦労した原体験のある人たちが親になっているので、余計に気になるのかもしれません。
■獲得に躍起、オワハラも
オヤカクが近年増えている事情を企業側からみると、それだけ企業が人材獲得に躍起になっているということだと思います。就活をめぐる話題の言葉に「オワハラ」(他企業の選考辞退を迫る「終われハラスメント」)というのもありますよね。オヤカクともども、就活のシステム自体の問題だと僕はとらえています。就活の早期化も要因です。
リクルートの調査によると、2025年卒の就活生の内定率は今年2月時点で23.9%、3月では40.3%にもなります。2、3月にそれだけの学生が内定を得ているということは、企業側から見れば内定者をつなぎとめる期間が長くなっているということです。
せっかく確保した内定者の辞退は防ぎたい。そのリスクを減らし、さらには早期の離職を防ぐためにも、深い関係にある「親」は押さえるべきポイントの一つになっているのではないでしょうか。
もう一つ視点を加えると、企業はいま、DXへの対応などで新たなスキルを持った人材を必要としている。「リスキリング」も叫ばれていますが、今いる社員たちはすぐには変われない。方法があるとしたら、採用する人材を変えること。企業体質が変わらない中、人材だけは「新たな視点」を求められる採用担当者は疲弊しています。できるだけ内定辞退を防ぎたい気持ちも理解できます。
ただ、オヤカクは本当に必要か、と問うことも必要でしょう。
学生が「ここで働きたい」とイメージでき、親も安心できるくらいの情報開示が、企業からなされていればいい話だからです。働き方改革関連法で長時間労働の是正やハラスメント防止などが様々な形で進み、労働環境の健全化は進んでいるはずなのですから。「採用とは何か」の根本を問い直し、適切な労働に関する情報を開示していくのがあるべき姿でしょう。(聞き手・金沢ひかり、河原夏季)
*
つねみ・ようへい 1974年生まれ。働き方評論家。一橋大学卒業後、リクルート、バンダイ、ベンチャー企業などを経て千葉商科大学国際教養学部准教授。
■辞退多く、確認したくなる/百害あって一利なし/ネット社会で警戒心
アンケートでは「『オヤカク』『オヤオリ』にどんな印象を持っていますか?」という質問に、半数が「親がかかわるのは過保護だ」と答えました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/202/で読むことができます。
●オヤカクしたくなる 人事採用歴2年目のひよっこ社会人です。学生からしたら嫌かもしれないが、オヤカクをしたくなる。そのくらいみんな内定辞退するし、辞退されると社内の各所に頭を下げないといけない。学生を信じたいからこそ聞く「承諾するの?」には正直に答えてほしいと思う。(神奈川、女性、20代)
●親がNGで内定辞退に 自分が人事としてオヤカクを実施した。子がOKでも、親がNGで内定辞退になることがあり、オペレーション的に確認する必要があった。(東京、男性、20代)
●議論して実施せず オヤカク・オヤオリを内定受諾や入社までの歩留まり改善のために導入すべきかどうか、私の会社でも議論に上がった。しかし、本当に改善につながるのかどうかの根拠が薄く、結局実施しないことになった。私個人としては、企業イメージの改善などに効果があると思う。(東京、女性、30代)
●学生つなぎとめに必死 企業がそこまで手間をかけないと、若者を集められないということだろう。内定承諾しても「もっといいところがあったから」と他社に行くから、人事はつなぎとめるのに必死なのだ。親も子のサポートに熱心だと思う。(神奈川、女性、50代)
●働いてみないと 実際に働いてみなければ分からないことが多い。親の立場としては、勤務を始めてからの子どもの様子や心身の状態を見守っていくことの方が必要。企業側は、社員教育、昭和世代も含めた研修、働き方を含めた思いきった改革などにもっと力を注ぐべきだ。(福岡、50代)
●仕方なくやるのでは 内定辞退される恐れがあるから仕方なくやるのであって、好き好んで実施する会社は少数派なのでは。定年まで親が責任を持って伴走してくれるわけでもなく、そもそも親の価値観や知識が現代風にアップデートされているとも限らないので、百害あって一利なしだと思う。(埼玉、男性、40代)
●保護者からクレームも 企業で人事の仕事をしている。知名度はあるが、それでも「保護者の理解が得られないから」というワードが出ることはある。入社後も本人は何も言っていないのに、保護者からの申し出やクレームを受ける場合もあった。ネット社会で多くの事前情報を得られ、悪質な企業ではないのか、失敗はしたくないといった警戒心が強くなっているということもありそうだ。(神奈川、女性、50代)
■《取材後記》一押しになるのは、働き方への安心感
メディアでよく聞くようになった「オヤカク」「オヤオリ」。耳慣れない言葉だったので、過去に取材した複数の企業に尋ねたところ、ほとんどの企業が何らかの方法で保護者向けにアクションを取っていることが分かりました。そのうちの一つ、タクシー大手の日本交通に取材に行きました。
今春開かれた保護者向け説明会。いわゆる「オヤオリ」です。印象的だったのは、就労時間など日々の働き方の説明中に保護者が大きくうなずいたり顔を上げたりすることでした。親が心配するポイントはそこなのだ、と。企業における働き方は、就活学生と親だけではなく、社会全体の関心事です。同社の担当者は「最後の『一押し』の役割を持つ」と表現していましたが、その一押しに必要なのは働き方への安心感なのかもしれないと感じました。
もちろん、就職先を選択する主体は本人であるべきだと考えます。一方で、変化の途上である働き方について、保護者を含め多くの人の目を通したジャッジがなされることは、必要なことではないかと思います。(金沢ひかり)
*
かなざわ・ひかり 2010年入社。09年の就職活動時、報道機関への就職を希望していることは学生時代を通して親子間の共通認識だったため、改めて相談することはしなかった。
■《取材後記》人手不足や早期化、併せて伝えていく
「今の学生は、親に確認するの? なぜ?」。オヤカクという言葉から受けた第一印象でした。15年前、私の就活時を振り返っても、企業や友人とのやりとりで「親がどう思っているか」が話題に出たことはなかったからです。
取材を進めると「今の学生」に限った話ではないことがわかりました。朝日新聞の記事で「オヤカク」が初めて登場したのは2016年ですが、企業が内定者の親にアプローチする行為は、バブル期にはあったようです。
言葉自体の知名度は高くありません。アンケートでは「新聞、テレビ、ネット情報で知った」という声が多く集まりました。キャッチーな言葉はメディアで取り上げられがちですが、オヤカクの背景には、企業の人手不足や就活の早期化で内定者をつなぎとめなければいけない事情も併せて伝えていく必要があると感じました。
自分で就職先を決められないといったネガティブな傾向としてではなく、オヤカクと学生の自主性は別物と考えたほうが今の就活事情を理解しやすいかもしれません。(河原夏季)
*
かわはら・なつき 2010年入社。朝日新聞の無料ニュースサイト「withnews」で就活の経験談を取材。2500グラム未満で生まれる低出生体重児や障害児育児などにも関心。
◇withnewsでは、連載「就活しんどかったけど…」を不定期で配信しています。
◇アンケート「遊ばない子どもたち」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で実施しています。
◇来週30日は「長袖を脱がない子どもたち」を掲載します。
有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。
【春トクキャンペーン】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら