(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)社会課題解決へ、議論促す役割を 今村久美
能登半島地震が発生して半年がたとうとしている。私が被災地の珠洲市に入ったのは、発災直後の1月4日。運営する認定NPO法人カタリバには被災したこどもを支援するチームがあり、東日本大震災以降、全国の被災地で活動してきた。能登でも、避難所などに「こどもの居場所」をつくったり、保護者や教員の相談に乗ったりして、こどもの課題に向き合い、解決策を探ってきた。
こどもの福祉や教育環境は、生活基盤である地域の状況と地続きである。地域はどう復旧・復興するのが望ましいか。石川県の復興プラン策定にかかわり、住民のみなさんとの対話集会も重ねながら考えた。
ヒントをもらえる記事があった。「能登地震 1960年代に水道計画にあらがった村はいま 被災地ルポ」(朝日新聞デジタル5月16日配信。紙面は同28日夕刊1面)。地震で水道が止まった際、谷筋の水源や井戸など「水道がなかった頃の地域の遺産」を活用して急場をしのいだ珠洲市の集落を取り上げていた。
実は私も被災地を回っていて、同じように公共インフラ網につながっていない「オフグリッド」型で水を使っている集落が複数あると知り、驚きと希望を感じていた。広範囲で水道管が壊れた能登では多くの人が断水に苦しんだが、私が訪ねた集落では、地下水を利用し、簡易的な浄水装置を通して各家庭に水を運ぶ小規模水道網を自治組織が運営し、地震後もすぐに復旧させたという。
「オフグリッド集落」整備は県の復興プラン素案にも盛られたが、決して能登だけの話ではない。コスト面でも、サステイナビリティー(持続可能性)の面でも、人口減少社会にふさわしいインフラの形かもしれない。先の記事も「高齢化と過疎化が進む社会に、災害に強い分散型のインフラをどう築くかが問われています」という識者の話を紹介。埼玉の読者から「どう取り組むべきかを考えるヒントを感じた」との声が届いた。
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足を運ぶたび、奥能登は地震によって「縮小社会ニッポン」の最前線に押し出されてしまったと確信する。
地震前から人口が減り、高齢化が進んでいた。昨年10月時点で珠洲市の人口に占める65歳以上の割合はすでに53・2%、輪島市は49%。さらに地震後、特に働き盛りの子育て世帯の多くが住まいを変えた。能登の復興を考えることは結局、日本の近未来を考えることにもなると思う。
4月、朝デジで連載「8がけ社会と大災害」が配信された。能登をはじめ全国各地を取材し、高齢化・人口減での災害への備えや復興を考えるシリーズだ。
5回目の「『復興か移住か』元新潟知事が問う難問、復興を果たした山古志の葛藤」(紙面は5月24日朝刊社会・総合面)では2004年の新潟県中越地震で全村避難した同県旧山古志村をルポ。巨費を投じて再建をはかり、希望者は村に戻った。ただ、今の人口は震災当時の3分の1ほど。「復興より移住を」という考えに反発する人や、それを否定しきれない住民たちの複雑な思いも伝えた。
連載配信後、担当記者たちは朝日新聞ポッドキャストにも出演し、いい解決策がないかを話し合った。
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連載はもともと、元日から始まった年間企画「8がけ社会」の一環。生産年齢人口(15~64歳)が2割近く減る2040年をにらみ、社会課題の解決の糸口を探る企画で、担当の林尚行ゼネラルエディター補佐は「取材に裏付けられたデータをもとに解決の手がかりを示す。そんな報道を朝日新聞の価値として位置づけたいと編集局で考え、大きなテーマに挑戦することにした」と語った。
これからの報道に求められる姿勢だと思う。復興議論にかかわって、行政は様々な立場の住民の思いをくみ取ろうとするからこそ踏み込みにくい部分があると痛感した。当事者でも、政治・行政でもない報道機関だからこそ、一歩引いた立場から一石を投じられることがあるはずだ。
様々な課題について、取材でできた人の輪を生かした「仮想審議会」をつくるのもいいかもしれない。林補佐に話すと、「『8がけ社会』では課題解決の道筋をさぐる車座集会のような試みもしてみたい」という。ぜひ多くの人を巻き込み、記者も議論に加わって、オンラインでつないだ読者に発信してもらいたい。
もちろんメディアは権力監視の役割をしっかり果たしてほしい。同時に、問題の掘り起こしにとどまらず、解決に向けた議論を促し、選択肢を提案して読者や当事者に考えてもらう――。そんな流れが定着すれば、メディアは社会をみんなで変えていくための新しいアゴラ(公共広場)に進化できるのではないか。
◆いまむら・くみ 認定NPO法人カタリバ代表理事。こどもに学校以外の居場所や幅広い学びの受け皿をつくり、新たな教育の姿を探る。1979年生まれ。
◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える…
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