(社説)「阪神」襲撃37年 他者への不寛容を憂う
言論機関が襲撃され、憲法が保障する言論の自由が侵された。時効を過ぎても忘れることはない。自由に話し、見て、聴く。当たり前の営みの大切さを再認識する。
1987年の憲法記念日の夜、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が押し入り、小尻知博記者(当時29)が死亡、犬飼兵衛記者が重傷を負った。事件から37年となる。
「赤報隊」名の犯行声明には「反日分子には極刑あるのみ」と書かれていた。気に入らない意見を「反日」と決めつけ、異なる立場や少数派の人を攻撃する排外的な言葉は今もネット上などにみられる。ゆゆしきことだ。
昨年、東京都渋谷区内で「クルド人は日本から出て行け、中国からの移民も日本から出て行け」などと拡声機で街宣した事案があった。都は差別と認め、都の人権尊重条例に基づき公表した。
クルド人が多く住む埼玉県川口市で、迷惑行為や外国人によるとみられる事件が表面化したことが背景にある。誰であれ犯罪行為は許されないが、特定の民族を名指しして「外来種」「さっさと帰れ」などというのは、存在の否定につながる人権侵害だ。
ほかに攻撃対象とされるのは性的少数者やその支援者、国家権力と対峙(たいじ)する人らが多い。差別発言をしながら居直るかのような態度をとる杉田水脈衆院議員を放置する政権の姿勢が、差別の風潮を助長している側面も否めない。
民主主義社会の土台は、すべての人が同じ権利を持つ個人として、互いに尊重し合うことだ。狭い価値観で一方的に排除するのでなく、他者にも寛容な社会であるべきだ。それをいかに実現するか、私たち新聞は考え、力を尽くしたい。
世界ではフェイクニュースやプロパガンダが横行する。権力者が堂々と根拠ない発言をし、情報統制の動きも進む。今こそ事実を伝える報道機関の役割を痛感する。
3日、阪神支局を訪れる人の中には、弱い立場の人に寄り添う記事を書いた小尻記者の人柄をしのぶ人も多い。
京都市内の住職、中野錬浄さん(58)は阪神支局事件を「人生の原体験だ」と語る。大学時代、事件直後に討論会を企画、言論の大切さについて議論した。故人と同じ立命館大で憲法を学び、できることを考え続けてきた。
「今は社会が劣化し、時代が後退したように感じる。事件を風化させてはならない」。その思いを共有する。
仲間を追悼し、卑劣な暴力への怒りを新たにする…
- 【視点】
朝日新聞阪神支局襲撃事件は37年前のことで、一連の赤報隊事件とともに未だに犯人逮捕に至らない未解決事件だ。若い世代にとっては、また40代の筆者にとっても一見、歴史の事件だが、かつて本事件について学んだときに亡くなった記者のご遺族が同世代だと
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